Open App
4/6/2026, 2:51:21 PM

【君の目を見つめると】

「正直言うてみ?押してもうたんやろ?」
「···やってない」
 俺の目の前に座る女は、少し躊躇いながらも伏し目がちにそう答えた。
「裏で上手いことごまかそうとしたんやろうけど、証拠は上がってもうてる。衝動的か計画的かは知らんけど、どちらにしろ結果は同じ。勝手に押されたわけやないんやから。白状しーや。」
「···違う」
 何度問いかけても女は顔を上げることなく、否認の言葉を述べるばかりだった。
「分かった。じゃあこれが最後や。俺の目を見てもう一度言ってくれ。やったやんな?」
 少しの沈黙が流れたあと女は少しずつ顔を上げ、俺の顔を見ながら再び否定の言葉を述べた。男は気付いていた。目を合わせているようで、全く合っていないことに。目は口ほどに物を言うと言うが、その通りだ。そのまま女の目を見つめるが、やはり目は泳ぎっぱなしだった。女の往生際の悪さに、思わず笑みが溢れる。自白を目的とした尋問だったがそれは叶わないことを悟り、作戦を変更することにした。
「そうか。じゃあこれはなんや!!」
 女の目の前に突きつけられたのは、パソコンだった。そして画面には、100,000という文字列とパールのネックレスの画像が表示されていた。
「動かぬ証拠や!購入履歴にあって驚愕したわ!こんなネックレスなんか買うのお前しかおらん!」
「あぁぁぁごめぇぇぇぇん!どうしても欲しかったんですぅぅぅ」
「ええ加減にせぇよほんま。先月もなんかたっかい買い物しとったよなぁ?」
「あ、バレてた?」
「バレるに決まってるやろ!!ほんまに···。次はないからな」
「···すみませんでした」

4/5/2026, 10:37:57 AM

【星空の下で】

「なぁどうしたん、こんな夜中に。どこ行くん?」
 幼馴染の鈴宮真琴は俺の背中にそう問いかけるが、何も答えずただ歩みを進めた。歩き始めて五分ぐらいしたところで、二人に馴染みのある公園に着いた。野球の内野より少し広いぐらいの公園で、奥の方には森が広がっており、俺は真っすぐ森の方へと向かって行った。
「なぁあそこ行くん?花火やってないで今日」
 真琴が言う「あそこ」というのは、毎年夏休みの終わり頃に行われる花火大会で、俺と真琴が訪れる場所だ。二人で花火大会に行くのが恒例になってきた頃、一番綺麗に花火が見えるところを探そうということになって見つけた、いわゆる二人だけの秘密の絶景花火スポットなのだ。
 半年前、俺はそこで真琴が高校を卒業したらアメリカに行くことを知った。花火が終わり、そろそろ帰ろうかと真琴に声をかけようとしたときに真琴が告げた。隣にいることが当たり前になっていた相手が突然いなくなることの衝撃に、「そうか」としか答えられなかった。それからは上手く会話できていたかも分からないほどに動揺していたが、しばらくしてその事実を受け入れ、あと一ヶ月ほどで真琴がいなくなるというときに決心した。二人の秘密の場所で頑張れよ背中を押すことを。俺を忘れるなよと念を押すことを。そして、長年の想いを伝えることを。
「わぁ、きれい」
 人一人分ぐらいは通ることができる道を、草に足をつかまれそうになりながら進んでいくと、木しか見えなかった視界が開け、そこには満天の星が広がっていた。いつものようにレジャーシートを広げ、二人並んで座り、しばらく夜空を眺めるふりをして、心臓の音が静まるのを待った。俺が話し出すのを待ってくれているのか、真琴はただじっと夜空を見つめていた。心臓が落ち着きだしたところで、俺はようやく口を開いた。
「あと一ヶ月やな、アメリカ行くまで」
「うん、せやな」
「俺おらんくて寂しいやろうけど、頑張るんやで」
「何も寂しないわ。やっと離れられてせいせいするくらいやわ」
「ほんまかー?いつでも電話してきてええんやで」
「分かった。じゃあ昼の一時ぐらいにかけるわな、アメリカの時間で」
「こっち夜中やないか、迷惑やわ」
「いつでもかけてええ言うたやん」
「···」
「···ちょ、急に黙らんといてや!怖いやん!」
「···真琴、俺、お前のことずっと好きやった」
「···」
「付き合ってほしいとかそんなんじゃないんやけど、伝えたくて」
「···この前さ···」
「え?うん」
「後輩にさ、真琴先輩と俊樹先輩付き合ってるんかと思ってましたって言われてん」
「え?そうなん?なんで?どこが?」
「まぁ付き合ってない男子と頻繁に連絡せーへんし、普通二人で花火大会行かんわな」
「···確かに。それが普通やから、感覚麻痺しとったわ」
「だからさ、ある意味友達から恋人に名前変わるだけやな」
「うん···え?」
「···私も好き。友達として、今までありがとう。これからは恋人としてよろしくね」
「お、おう···」
「···浮気すんなよ」
「それはこっちのセリフや。アメリカはイケメンいっぱいおるからなぁ。あー心配」
「何年あんたに恋してきたと思ってるん?大丈夫、安心して」
「そうか」
「···」
「···」
 右腰あたりに何かが当たった気がした。目を向けると、不自然に手のひらが上に向いた左手が放り出されていた。その意図を瞬時に理解した俺はゆっくり右手を重ね、少しずつ指を折り曲げていった。
「···気をつけてな」
「···うん」
 冬だったはずなのに、どうやら俺たちは季節を先取りしてしまったみたいだ。

 3年ほど経ったある夜のこと、自転車でバイトから帰る途中ふと空を見上げた。気づいたときには、あの場所へ向かっていた。理由は分からないけれど、なんとなく今行かなければ後悔する気がした。
 公園の入り口に自転車を投げ棄て、人一人分も通らない道を草に足をつかまれながら無我夢中で走った。草をかき分けると、あの日のようなきれいな星空が広がっていた。真琴がいるんじゃないかと淡い期待を抱いて辺りを見回してみたが、姿はどこにも見当たらなかった。当然だ。真琴はアメリカ。何日か前に帰ってくるという連絡が来ていたが、帰ってくるにはまだ早いし、帰ってきていたとしてもここにいるわけがない。落胆しながらも星を眺め、そろそろ帰ろうとしたとき後ろでガサガサと音が聞こえ、振り向くとそこには真琴がいた。
「あ!やっぱり!おると思った」
「真琴?なんで?はやない?帰ってくるには」
「研究が意外と早く片付いたから、ちょっと早く帰ってこれたんよね。連絡したやろ?」
「あ、ほんまや。バイトやったから気付かんかったわ」
「なるほどね。お疲れ様。ところで、なんでここおるん?」
「空見たらめっちゃ星きれいでさ、ほんでここ来たらなんとなく真琴に会えそうな気がして」
「マジ!私もさ、急に来たなったんよね。テレパシー?」
「かもな」
 奇跡とも言える再会を果たした俺たちは、あの日と同じように再び星空の下で二人だけの時間を過ごしたのだった。1つだけ違ったとすれば、先に動いたのは右手だったことだ。

4/4/2026, 10:00:29 AM

【それでいい】

 私は他の人と少し違うみたい。良い大学に行きたいとか、良い会社に就職したいとか全く思わない。そもそも、勉強も就職もしたくないし。友達や恋人も欲しいとは思わない。当たり前だけど、結婚したいとか、子供が欲しいとかの願望もない。
 周りは私の生き方を否定する。
「あなたの実力だったら、もう少し上の大学を狙ってもいいんじゃない?」
 なんで?家から近くて、好きなことを学べて、部活ができる、私にとって都合が良い大学なのに。なぜ、頭の良い大学をわざわざ選ばなければならないの?その意義は?
「ここでいいの?給料低いよ?もう少し視野を広げてみたほうがいいんじゃない?」
 いいじゃん、別に。私は給料とか、社会制度とか、どうだっていいの。仕事のやりがいを感じられるってのが私のこだわりなんだから。
「友達と一緒のほうがいいんじゃない?」
「彼氏まだできないの?」
「マッチングアプリ始めてみよーよ。みんなやってるしさ!」
 私は1人で何の不自由もないんだから、いいじゃない。そのために使う時間やお金がもったいなく感じる。
 周りと同じじゃなくていい。周りに合わせなくてもいい。私は私らしく生きる。それでいい。私がよければそれでいいの。