「なんかさ、嫌いなものほど目に入るくない?」
「分かる」
突然母が言い出した。全くもってその通りだ。例えば、母子ともに大っっ嫌いなクモ。なんかもう、足が無理。
そのクモが廊下にいたりすると、友達とどんだけ話が盛り上がってても動体視力がMAXになって
「クモッキモイッイヤァァァァァァァァァァァァ」
って反応をしてしまったり。
「多分、あれよね。嫌いだからこそ警戒心が高くて目に入ったり、料理に嫌いな食べ物があると一口で分かったりするんだろうね」
「クソッ、どうせなら好きな物だけ見てたいぜ…」
#好きじゃないのに
吾輩は猫である。名前は無い訳もなくクロなのだが、近頃飼い主の表情が晴れん。何やら洗濯物が乾かず、生乾きの匂いが酷いとか…心配して損した。
何はともあれ、飼い主がなにか隠してるのは明白だな。それがなんだろうと知ったこっちゃないが、吾輩を拾ってくれたあの日の、陽の光のような笑顔が、飼い主にないのは見るに堪えないのだ。きっと、この降り続く雨が原因なのだろう。
…もしかしたら、吾輩が奪ってしまったのかもしれんな。飼い主のあの笑顔を。他ならぬ吾輩が、拾われる前、梅雨の雨が辺りを濡らし、薄暗いじめじめした所で生きていたのだから。
返すよ、飼い主。お天道様は、こんな薄汚ねぇ黒猫の上なんかより、お前さんの上にある方が、よっぽど良いや。
さよならだ、世話になったな。
吾輩は、雨でぬかるんだ庭を走り抜けた。
久方ぶりに飼い主の屋敷に日が昇った。あぁ、やっぱりそうだったんだな。だが、屋敷に飼い主の姿が無かった。一体、何処に…?
「探したぞ!クロ、おめぇどこ行っとった!!」
「ニャ?!」
そこに居たのは、紛れもない飼い主だった。梅雨のような雨が降りしきる吾輩を、傘をさし、下駄を汚して、髪と着物を濡らし、息を荒くして、ずっと、探しておったのか。
「ほら、帰るぞ?猫は風邪ひいたらシャレにならねぇんだよ」
そう言った男の顔には、まるでお天道様のような陽の光を放つ笑顔と、一匹の黒猫が、頬を擦り寄せていた。
全く、バカな飼い主だ…。
#ところどころ雨
推し。
この一言に限る。
私の推しはみんな画面から出てこないし、どれだけ好きを叫んでも届くことは叶わない。でも、そんなことはとっくに嫌という程わかっている。オタクと言うだけで軽視されるのも痛感した。
それでも、私は推しを愛している。
推しは、家族とも友達とも違う、異次元の特別な存在。
苦しい時、慰めるでもなく、そっとしておくでもなく、ただ変わらずそこにいて、勇気をくれるのは、間違いなく推しだった。たとえ画面の向こう側であったとしても、推しが笑っているだけで、それだけで、涙なんて吹っ飛ぶ。
#特別な存在
好きなことに真っ直ぐに、恥も忘れてバカみてぇに突っ走る人は、めちゃくちゃに格好いいと、俺は思う。
好きな事やるって楽しいばっかじゃねぇけどさ、自分の体の中に一本の図太い芯みたいなのを何時でもピンと張っといて、なりふり構わず信じて進めるのって超格好いい。
…なぁんて考えてた時期もあったなぁ。いや、格好いいよ?好きなことに真っ直ぐでいられたらそりゃ格好いいわ。でもさ、無理なんだよ。どっかで必ず壁にぶち当たる。そん時ってさ、大抵何かを捨てなきゃ前に進めないんだよ。それが俺には出来んのだわ。人生なんてランダムに配られたカードで勝負するしかないってよく言うじゃん?俺は不運なことに手持ちのカードがすげえ少ねぇの。捨てれないんだよ。全部、全部大切で仕方ねぇの。
そしたらダチに言われたわ。
「お前のソレは優しさじゃねぇよ。弱さだ」
って。…あぁ、そうだな。その通りだ。
俺は打たれ弱いだけなんだよ。失うのがバカみてぇに怖ぇの。好きなことに真っ直ぐでいられたらどれだけ良かったかな。お前を好きだって言えたら、どれだけ良かったかな。でも、俺は、友達としてのお前を失うのが、やっぱりバカみてぇに怖ぇんだ。
#バカみたい
「例えばこの世界で私とゆいちゃんの2人だけだったとするじゃん」
「ほう」
…なんかものすごい世界観の話が始まったな。
「その時ゆいちゃんはさ、私と一緒で嬉しい?それとも、2人しかいなくて悲しい?」
「…初めは多分、親とか好きな人がいなくて悲しいけど、瑠璃がいるなら、まあいっかってなると思う」
「そっか!」
「えぇ、何。怖いんだけど」
瑠璃は満面の笑みを浮かべるだけで、それ以上何も言わなかった。まるでもう自分のことは必要ではないかのように。
ー翌日。
「…は?」
いなかった。瑠璃が、いなかった。ただ一人、ぽつんと私だけがこの世界に取り残された。
「瑠璃っ」
探し回るしかなかった。昨日の最後に見た瑠璃の嬉しそうな顔を忘れられない。もう一度、会いたい。たった一人の私の大親友に。会いたい。
「…え?」
坂本瑠璃之墓
瑠璃を、探して走り回っている時目に飛び込んできたお墓の文字。ありえない、きっと同姓同名の…。いや…待て。記憶がなだれ込んでくる。忘れていた記憶が。思い出したくなくて、認めたくなくて記憶の隅の隅に追いやっていた記憶が。
「…っじゃあ、昨日までいた瑠璃は?まさか、幽霊??」
(ゆいちゃんが、私がいたらいいって言ってくれたから。私の目を見て、言ってくれたから。)
「ぁ…」
私は、親友が死んだことを受け入れられなくてずっと架空の瑠璃と話していたんだ。だから、私は、私たちは。今までずっと、二人ぼっちだっんだ。
#二人ぼっち