自殺表現があります。ご注意ください
目が覚めた。まず目に映ったのは真っ白な天井。そして、細い腕に繋がれた長いチューブ。その先にはポタ、ポタと透明な液体が垂れている。
また死ねなかった。これで何度目だろう。腕にはいくつものリストカットの跡。
まだ生きている。つくづく人間の生命力の強さに呆れる。もう死なせてくれよ。
「総くん、目が覚めましたか」
これで3回目の治療をすることになる佐々木先生。
僕がいつも自殺をしようとする度に邪魔をする。
「なんで死なせてくれないの」
「それが仕事なんでね」
「僕なんかを助けなければ一人の命を助けられるかもしれないのに。時間の無駄だと思わないの」
「思わないさ。現に君という命が助かったじゃないか」
「余計なお世話だ」
別に僕は生きたくなんかない。
「総くん、これで3回目だよ。どうして君は死にたいの?」
「逆にどうして死んじゃだめなの。どうせ死ぬならいつ死んでも一緒じゃん」
「そうだね」
「それなら別にいいじゃん」
「それでもだめだよ」
ああ、まただ。どうして人は自殺を止めたがるんだろう。ただ1人死んだところで世界は悲しまないし、なにも変わらない。勝手にさせてよ。
「別にこれはただの独り言だから聞かなくてもいいよ」
佐々木先生の低い声が狭い病室に響く。僕が返事をする前に佐々木先生は言葉を紡ぎ始めた。
「ここではAさんとしようか。Aさんは、ドナーが必要なほど重い病気を抱えていた。小さい頃から長くは生きられないとまで言われていた。小学校の間は、クラス活動に参加できず、いつも1人だった。そんなあるとき、Aさんに話しかけてくれたBさんがいた。それをきっかけにAさんとBさんは仲良くなった。小学、中学と2人は親友だった。高校では離れ離れになったけど、連絡を取り合っていた。だけど、あるときAさんは体を壊してしまったんだ。もともと病を抱えていたからね。すぐにドナーを必要とするほど命の火が消えかけていた。運がいいことに入院して数日後にドナーが見つかった。その後、しばらくして退院してBさんと連絡を取ろうとしたけど、返事はなかった。何度も連絡してもね…その後、知ったんだ。彼が自殺したことに。その時、彼はいじめで苦しんでいた事を初めて知った。連絡を取っていたときは一切弱音を吐かなかったんだ。いや、吐けなかったのかもしれない。彼は強くて弱かったから。本当は頼って欲しかった。今となってはどうにもならないことだけどね」
佐々木先生は言葉を止めると軽く息をついた。
「今でも考えるんだ。彼に相談してもらっていたら、まだ隣で笑いあっていたのかもしれないって。それでもそれはただの臆測さ」
きっとこの話のAさんは目の前の男だろう。
「総くん、どうして泣いているんだい」
「わからない。けど先生が悲しそうだから」
「そっか、ありがとう。でも、私は生きている。だから大丈夫だよ」
その言葉にまた、大きめの雫が目から流れた。
1週間後病院を退院した。佐々木先生が見送りに来てくれた。
「総くんはきっとこの先何十年という時間がある。きっとこの先辛いことが多くあると思う。けど、君には生きていてほしいと思う」
「余計なお世話だな」
佐々木先生は僕を通して誰かを見ているようだ。
「でもさ、僕、急にどうにかなる気がしてきた。なんの確証もないのに不思議」
「意外と人間生きてたらどうにかなるからね。人間の生命力には驚いてばかりだ」
「意外と図太いからね。……まぁもう少し生きてみようかな」
「もしまた、命を絶とうとしても必ず私が君を助けるさ」
「もうこの病院には来ないよ」
「そうしてくれると私も助かるよ」
仕方ない。もう少し生きてみよう。明日も明後日もその次の日も生きてみよう。目が覚めた瞬間に世界は変わっているのかもしれないから。
一人を愛する名前なき兵士
もし、この手紙を読んでいる頃には俺は死んでいるんだろうな。死んだことは後悔していない。それが俺の運命だったんだ。それでももっと君と一緒に明日を迎えたかった。君に言いたいことがあるんだ。
君には当たり前のように明日が来る。
俺は明日が来るなんて確証はない。
人は当たり前のように生きて、当たり前のように死んでいく。俺にとって明日の命と今日の命は全く違う。俺にとって死は当たり前だ。昔までは、死ぬことは怖くなかった。だけど、君の温かさに触れて、俺は死ぬのが怖くなった。明日も君に会って、笑顔を見たいと思ってしまう。
俺は世界を守るためなら剣にも盾にもなる。君に生きていてほしいから。笑ってほしいから。
だから、どうか俺が死んでも笑っていてくれ。愛してる。