いつも素っ気なくいちごミルクを飲んでいる。
かと思ったらオレンジジュース。
甘いものが好きなのかな?なんて思ったら、コーヒーを飲んでることもある。
飽きっぽくて気まぐれな子。
誰にも興味関心を持たないように見えて誰よりも人の感情を理解してる。
優柔不断に見えて芯が通ってる子。
そんな彼女が、ちょっと苦手だった。
私と、真逆の人間だから。
私のお父さんが弁護士でお母さんが小学校の先生。
だから、曲がったことが許せない。
だから、ルールを破る人は厳しく咎める。
私は当たり前のことをしてるだけ。
なのに、私は報われない。
でも人からの評価なんて気にしないの。
私は嫌われたって構わない。
強がってたのに、なあ。
昔から気が強くて、涙なんて見せなかった。
綾音ちゃん、だっけ。
いつも私の事見つめてくる。
バカにしてない顔。でも、好意的に見てる顔でもない。
無表情。
だけどある時、言われたの。
「ええっと、誰だっけ。…まあいいや、君は、何も間違ったこと、してないんじゃない?」
名前もまともに覚えられてる様子じゃなかった。
なのに、涙が止まらなくなった。
苦手だなんて言ってた時期が懐かしい。
そんな彼女に恋をした。
友愛だなんて一度も思ったことは無い。
彼氏もできたことない私が、恋をはっきり語るのは烏滸がましいけどこれは恋なんだ。
すとんと、胸に落ちた。
ひそかな想いだったけど、どんどん恋心は肥大化する。
油断したらポロッと好きの言葉を伝えそうだった。
だけど、同性愛なんて引かれちゃう。…ううん、綾音は引かない。だけど、困らせちゃう。
隠し通す、恋心。
なのにさ…
「好きな人には、はっきり好きって伝える。」
そんなこと言われたら、言いたくなっちゃうじゃん。
曲がったことが許せない。
ルールを破る人は厳しく咎める。
好きな人にははっきり好きって伝えるの。
「綾音、あのね──────」
私の名前は木村心。Googlepixelは別に使ってません。
なんてね。
くらやみに
ひとりぼっち
さみしい
いたい
たすけて
くるしい
いたいの、いたい
つらい
しにたい
あいして
あいして
あいして
あいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいして
そんなときに
ぽつんと
きみのこえが
きこえた
だいじょうぶだよって
いわれた
ひとすじのひかり
ああ、あたたかい
けつえきがぎゃくりゅうする
のうがかっせいかする
なんだかなんでもできるきがする
きみがいると、ぼくはむてきなんだ
「あー、はいはい。やってますねコレ。はいお兄さん、袋出して?」
「すき、すき、すき…」
「うーわ、完全にやってんねー…目がイってるし…最近ドラッグ多くて困るんですよねー…はいお兄さん、署までおいでー?」
誰も知らない秘密
それは、僕も例外なく?
僕も知らない秘密なんてあるのだろうか…
否、そんなことない。
僕が知らないことなんてない。
彼女のことで僕が知らないことなんてない。
隠させない。隠したとしても必ず特定する。
彼女の眉の角度、唇のカサつき、頬に垂れる冷や汗、全てを観察し判断する。
絶対に隠せることなどない。
なのに、なぜ…
※※※
ねえ、兄弟。なに焦ってんの。
あは、冷や汗垂らしちゃって。
え?「僕の彼女がいなくなった」?ふーん、あの子が?
なに?オレのこと疑ってんの?…なんてね。知ってるよ。アンタがオレのこと疑わないってのは。
オレにとってアンタは2分の1の存在。アンタにとってオレは2分の1の存在。2人合わせてやっと1になる。
そういうもんでしょ?双子って。
だから、アンタは絶対オレを疑わない。オレに絶対の信頼があるから。もちろん、オレもアンタの信頼を裏切る行為はしない。
話戻すね。んーっと、オレ名前覚えんの苦手なんだよね。じゃあ、kちゃんっておこうか。え?なんでkちゃんだって?知らね、気分。
アンタとkちゃんが最後にいたのはいつ?え?昨日の夜?ふーん、朝起きたら居なくなってたんだ。
てかそもそもkちゃんと付き合ってたっけ?あは、ごめんごめん。兄弟のことに対してもとことん興味ねーから。で、付き合ってたんだね?
アンタの執着がイヤになって逃げ出したんじゃね?「そんなはずない」って?ふーん、随分自信あんじゃん。余程kちゃんのこと信用してんだね。
それとも、信用できなすぎて過度な警戒していたか…。
え?なんか言ったかって?別に?何も言ってないって。それよりアンタは早くkちゃんのこと探したら?
…どうしたの?急に辺りを見渡したりして…「何故貴方がここにいるのです?」って?用があったからに決まってんじゃん。
「山になんの用事が?」って…あは、そんなにオレが山にいんのおかしい?確かにオレは山嫌いだよ?だって歩きづれーし虫はいっぱいいるし…まともな食材なんてねーじゃん。
あ?話そらすなって?そんなつもりじゃなかったんだけど。まあいいや。山に用事…それは、秘密♡
もー…そんな怒んなくてもいーじゃん。オレはお願いされただけだよ。誰に?って。そこは秘密。
オレだって隠し事はするよ?もちろん、kちゃんだってそうだろうね。
…そんなことないだなんてなんで確信持って言えんの?不思議。まるでアンタがkちゃんの全てを把握してるみたいだ。
ねえ、話は変わるけど。もしオレが人殺ししたら警察に通報する?
あは、他意はないよ。それに、オレ人殺してねーし。人殺しなんてするだけ面倒じゃん。相手が嫌なら殺すよりも死にそうなほど痛みつけて結局殺さないほうがいいじゃんね。
さっきからアンタがチロチロ疑ってくるからオレ胸が痛くて痛くて…アンタからの信頼を確かめたかっただけ。ね?だから答えて。
…ふーん、「面白そうなので全力で隠蔽します」…あは、おもしろ。ここで「大切な兄弟なので隠します」なんて言われたら鳥肌モノだったよ。
じゃあ兄弟。ブルーシートをバサっと捲ったら…
アンタのだぁいすきなkちゃんが発見されました〜
いて…ちょ、押すなって。オレよりもkちゃんの心配?ひでーな。オレら双子じゃね?
…いくら呼びかけたって無駄だよ?だってkちゃん、息してねーし。
い゛っっっ…は?なんで殴るの?
※※※
「いくらなんでも貴方だとはいえ許しません…絶対に息の根を止めてやる…」
「やだなぁ、アンタの目にはオレが倫理観の欠如した殺人鬼にでも見えてんの?」
「貴方は元々倫理観が欠如してましたけど…」
「ねえ、アンタもしかして楽しんでない?」
「まさか。大事な彼女が大事な双子に殺されて葛藤の末貴方を殺すことに決めました。」
「やば。オレ即切り捨てられてんじゃん。葛藤じゃなくて即決じゃね?てか落ち着いてよ〜オレは人殺しなんてしないって言ったじゃん?」
「どうせ救っただけだよとか屁理屈を述べるのでしょう?」
「なに?アンタにはオレがカミサマ信じてるやつに見えるわけ?冗談じゃないよ。人は死んだら灰になるだけ。そこに救いの余地なんてないよ。」
「おや、貴方にしては随分現実を見ていますね。」
「何言ってんの。オレは常日頃リアリストだよ。ロマンチックに浸ってる暇なんてないの。だからオレはkちゃんが死んだことになんも関係してねーの。」
「貴方が嘘をつくなんて考えにくいですね」
「だろ?だってオレ、今の今までなーんも嘘ついてねーもん。あー、でも強いて言うなら…アンタとkちゃんが付き合ってんのは知ってたよ?」
「………まさか、」
「察すんの早。そうだよ。オレは生前のkちゃんから相談を受けてた。ううん、違う。依頼かな?」
「…僕の知らない、秘密」
「kちゃん隠すの上手いよ。知ってる?kちゃんキノコ嫌いなんだよ」
「は?そんなわけ…いつも美味しそうに微笑んで…」
「ね〜。オレもびっくりした。」
「…彼女が…僕に隠してまで依頼したことって…なんですか」
「野暮だなぁ。まあ教えてあげるけど…」
『私をあの人が追ってこないような場所へ連れて行って』
※※※
「kちゃんは既に血まみれだった。オレが手を下さなくても死んでたよ。手首から血出てたってことは…切ったんじゃ?」
所謂リストカット…自殺行為をするほど彼女の心身は疲労していた。
「何故…僕を拒絶して…」
「…アンタじゃねーよ。…アンタの執着心は気持ち悪いほどだった。だけど、アンタのこと…kちゃんは愛してたよ。」
「何故貴方にそれが言えるのです!?それに、愛していたなら尚更何故…!」
泣き落としなどお手の物な兄弟が、涙を流しながら無様に地面に這いつくばっている。美しい透明な涙は山の土と混ざり、濁る。
「…kちゃん、死んじゃうんだって」
「…え」
か細い声。
「死ぬって…そんな、彼女は、そんな素振り一度も…」
「言ったじゃん。kちゃん隠すの上手いって。なんだっけ、エーット…た、たん?かん、?あっ、そうそう。がん。」
「がん!?何故!?彼女はまだ16ですよ!?」
「人間って不思議だね。がんに年齢は関係ないらしいね。知らんけど。」
余りにも他人事な兄弟に腹が立つ。胸ぐらを掴んで睨みつける。
「…なんだよ、その目…オレだって…オレだって!つれーに決まってんじゃん!!!!」
そんな兄弟を振り飛ばす。
「可愛くて仕方なかった!アンタになら譲ってもいいと思ってたし、最近では義妹になるって思っててなおさら可愛がってやろうと思ってた!!…だから、義兄として、お願い…聞いてやったの…」
先程まで胡散臭く笑みを貼り付けていた兄弟が、子供のように大泣きしている。両者土まみれになってわんわん涙を流している。
「オレは、アンタが追ってこないような場所に連れてかなきゃなんなかった。そんな場所、検討も付かなかった。…いいや、違うんだよ。きっとあの子の願いは…」
『私が死んでも、あの人が追ってこないように引き止めてね』
※※※
「そんな、なんで…なんで…」
死者に答えを求める愚かな兄弟。
それを眺めて悔しそうに拳を握りしめる兄弟。
「ねえ…どうすんの?」
すでに冷たくなっている彼女を抱きしめ涙を流す兄弟に聞きかける。兄弟はぐすんと鼻を鳴らす。
「…誰にも渡したくありません。彼女が腐り落ちようと、ハエが寄ろうと、皮膚がとけようと、骨だけになろうと…その骨だって崩れ落ちようと…絶対に、離しません。」
ぎゅっと力が篭もる。だけど、それは壊れ物を扱うような抱擁。
「じゃあ、オレとアンタの秘密だね。」
小指を差し出す兄弟。それを見て目を見開く。
「誰も知らない、オレと、アンタだけの秘密。」
自然と小指を絡ませる。世界が二人だけ…否、三人だけになったようだ。
世界が僕らを拒んでも、僕には貴方たちが居る気がした。
秘密なんて溜まったものじゃなかった。
「少しくらい秘密を、僕に分けてくれたってよかったんですけどね…」
彼女の病気をもっと早く知れてたら、二人で共有できていたら…
もし、彼女が生きることを望まなくとも…せめて最期だけは居られたのだろうか。
過去に縋っていたってしょうがない。だから、どうか、今だけは…
「秘密も案外悪くないですね」
小指の温もりを確かめるように、僕は土をはらった。
『優しくされると余計に辛い
でも冷たくされるの望んでないよ』
パラサイト/DECO*27
優しくされると勘違いしてしまうの。
未練タラタラで、ばかみたい。
葛藤が渦巻いてぐるぐるしてる。
アタシは、もう諦めたんでしょう?
好きじゃないんでしょう?
彼には、あの子がいるんでしょう?
なら、もうやめて。
アタシに構わないで。
アタシに優しくしないで。
好きになっちゃうから。
いや、違う。
好きの気持ちを隠せなくなる。
未だにアタシは貴方が好きなの。
こんなにドロドロした感情を持ち合わせてる女にさえ優しくするだなんて、ばかなおとこ。
貴方も罪なヒトね。
でも、アタシは貴方のそんなところに惹かれたの。
きっと、アタシに優しくされたくないんじゃないの。
アタシ以外に、優しさを向けて欲しくないの。
ほんと、どこまでいっても…自己中ね、アタシ。
でも、それでも好きと言えるのなら…
それでも、“好き”を願えるのならば…
どうかこの思い、貴方の優しさに免じて受け取って頂戴ね。
それは、何気ないやり取りがきっかけ。
それは、ただの自分の気分。
広瀬はやっとの思いで帰路につく。
ぼすんとベッドに倒れ込む。
今日は死んだように寝てやろう。そう決心した時ブーっと己のスマホの通知が鳴る。
何用だ。どうでもいい要件だったら速攻ブロックしてやろうと、めちゃくちゃ理不尽なことを考えるくらい広瀬は疲労していた。
だが、その考えは吹っ飛ぶことになる。
「…!海奈ちゃん」
なんと、可愛い可愛い後輩……兼恋人。そんな彼女からの通知なんて見ないなんて選択肢は無い。
「…………?」
だが、メッセージを見ようとするも、トーク画面にはメッセージはない。かわりにひとつの“不在着信”
どうしたのかな。オレ、気づかなかったけど……なにか急用かな。そんなこと考えたら新着メッセージ。
『間違えました』
間違えた?なんだ、そんなもんか。
だけど、広瀬の妄想ワールドが開拓される。
もし海奈が、自分に会いたかったけど忙しいかもしれないと躊躇い結局勢いで掛けてしまったが我に返り誤タップしたことにしたとするならばそれはそれは愛おしいなと。
事実、広瀬の妄想ワールドは間違っていなかった。海奈は間違いなんかじゃなく、故意に掛けたが躊躇いが勝ち誤魔化したのだ。
そう考えるととても胸の高鳴りが押えきれない。上がる口角を隠すように口を抑える。
「……おや、もうどこかへ行くのですか?」
先程帰ってきたばかりだというのに。すれ違った兄に聞かれたが小さく頷いてその場を立つ。
「あー……会いてぇ……」
真っ赤になった顔を隠すため、深く深く帽子をかぶりながら広瀬は海奈の元へ向かった。