【はなればなれ】
今日は先輩方の卒業式。
この1年間、色んなことを教わった。
部活を引退されてからの数ヶ月は、
廊下ですれ違う程度だったけど。
それでも、受験が終わってからは
また部活に参加してくださった。
(先輩と一緒に演奏できるのは、これで最後なんだ…。)
そう思って挑んだ冬のコンサート。
定期演奏会という大舞台を経験したとはいえ、
まだまだ緊張してしまう。
何も無くても緊張してしまうというのに
――同級生が不祥事を起こした。
急遽、パート割りが変更され、初めて担当する楽器を任された。
不安で仕方がなかった。
先輩が得意な楽器を、
一緒に演奏できるはずだったのに。
先輩と同じステージで演奏できる、
最後のコンサートなのに。
問題は他にもあった。
合奏中、何度も失敗してしまうパッセージがあった。
どうしてもズレてしまう。
頭ではわかっている。
メトロノームにも合わせられるのに。
つくづく、自分にこのパートは向いていないのだと痛感した。
…時間が足りない。
もっと、時間が欲しい。
練習する時間、現実と向き合う時間、
先輩と一緒に練習する時間。
色んな感情に押し潰されそうだった。
そんな時に、先輩がくれた言葉。
「お前なら大丈夫だ。細かいことは気にするな!」
(細かいことを気にせずに楽譜通りの演奏ができるか!)
と思う気持ちも多少はあった。
だけど、それ以上に、
励ましの言葉を貰えたことが嬉しかった。
(前にもこんなこと言われたな…。)
それ以来、合奏での失敗は減った。気がする。
全く完璧ではないけれど、少しだけ
肩の荷が下りたような気がした。
最後まで支えてくれた、頼れる先輩。
そんな先輩とも、今日で本当にお別れ。
『先輩。今まで色々と、ありがとうございました。』
「おう、お前もよく頑張ってたな。また次もよろしくな!」
ん?次とは?
「あれ、言ってなかったか?
冬休み中に、ミニコンサートがあるだろ?
それに私も参加することになった!」
『初耳です!』
「そうか!まあ、そういうことだ!なはははは!」
…良い先輩に違いないけど、こう、
ちょっっっと大雑把というか、何というか。
でも、
『また先輩と演奏できるのは、嬉しいです。』
『ミニコン出られるってことは、地元の大学ですか?』
「あぁ、そうだ!」
『じゃあ、定演前の合宿に来てくださったりとか…?』
「合宿どころか、当日も手伝いに行くぞ。」
『えっ!?曲目も決まってないのに!?』
「おいおい、OBは受付とか照明とか裏方の手伝いだぞ。
スーツ着た先輩方いただろう?」
…先輩と離れ離れになるのは、もう少し先のようだ。
【秋風】
『お疲れ様です。』
「おう、お疲れ。これがお前にやってもらう楽譜だ。」
『ありがとうございます。』
「今日は準備ができたらすぐに合奏だ。
譜読みの時間はあまりないが、できるな?」
『はい、連符以外のメロディーは四分音符ばかりなので。』
「よし。じゃあ、頼んだぞ!」
『はい!』
今日から新しい曲の練習が始まる。
誰でも知っている、有名な民謡の吹奏楽アレンジ。
メロディー自体がとても簡単なだけに、
どんなアレンジがされているのか、ワクワクしていた。
(まずはグロッケン、王道のメロディーだ。
で、テンポが変わってシロフォン。あ、これもメロディーか。
リズムがとても愉快だ。最後の連符、は…見たくない…。)
始まる合奏。
まずはゆっくりなテンポ。
グロッケンでメロディーを奏でる、はずだけど…。
… な ん で 楽 器 下 ろ し て る の ?
え、指揮、止ってないよね?
なんで他にメロディー吹いてる人いないの?
私、叩いてて良いんですよね先生?
何?この状況。まさか…
……ソロ…?
メロディーパートが終わり、先輩の方を見る。
(…めっちゃ笑ってる。)
"してやったり"とでも言いたげな先輩と目が合う。
(やられた。騙された…!)
そんなこんなで、本日の部活動が終わる。
『先輩!』
「おぉ、どうした?」
『聞いてないです!』
「何をだ?」
『鍵盤のソロ!あるなんて聞いてないです!』
「ああ、言ってなかったな。いやしかし、初見で
あそこまで出来るとはな。上達したじゃないか!」
『…ありがとうございます。』
「まぁそう拗ねるな。
明日からは、アンサンブルパートの練習しような。」
『はい。よろしくお願いします。』
「おう。じゃ、気を付け帰れよ。お疲れ。」
『お疲れ様です。』
外に出ると、冷たい秋の風が吹き抜ける。
それでもまだ、頬の熱は冷めそうにない。