田中ボルケーノ

Open App
9/24/2024, 1:47:54 PM

しかしさ、あんなに怒鳴ることないよな、
やっぱ犯人は部長なんじゃねーの

馴染みの居酒屋の座敷に腰を下ろすと平井はジャケットをハンガーに掛けながら早速、切り出した
トクトクとキリンラガーを自分のグラスへ注ぐ、私は生のドライで平井はキリンの瓶ビール
恒例の儀式、グラスを合わせる、おつかれす

グイと生ビールを流し込みながら考える
初手で平井が持ち出した部長本人が犯人説

これには私は懐疑的な立場をとった

いや、でもやらかした本人があんなキレる?
私が犯人で部長の立場だったらあのテンションだせないわ、
自分でやらかしといてあのテンションはさすがに人としてヤバイでしょ
まずさ、本人なら黙ってると思うんだよね

なんで平井は頑なに瓶ビールなのか、尋ねたことがあったけど
どうでも良い理由を述べられてよく覚えていない

そうか、確かに俺が犯人なら黙ってるかも
何事も無かったかのようにスルーするよな
となると、犯人はあっちの二人か


14:30
事件はエレベーターで起こった

その場に居合わせたのは5名
来期の売上を左右する大事な商談が無事終わり、皆がホッとしていた
相手先を玄関ホールへお見送りをしようとエレベーターに乗り込んだその間だった


誰かがエレベーターでやらかしたのである

完全にオナラだった

形のないものが穏やかな空気を破壊していく

短い時間ではあったが、
全員が無言になり、
エレベーターのドアが開くまで臭いに耐えていた


音は無かった、けどそれが余計にたちが悪い

お客様を見送った後、私と平井は部長室に呼ばれる

お前らどうするつもりなんだ!お前らのすかしっぺのせいで大事な商談がお釈迦になったらどう責任を取るつもりなんだ!って


あんなに怒る梶原部長を見るのは初めてだった、何ハラかわからないくらい怒ってた


多分、あの二人のどっちかだよね、取引先の
何食わぬ顔しちゃってさ、

と、私は平井に声をかける

平井はホッとしたようだった


本当はとっくに気づいてた

それ以上は何も言わない


後輩のくせにタメ口で

時々とんでもないミスをする

でも一生懸命で

彼と一緒に過ごすこの時間が

私の息抜きになっているから

それ以上は何も言わない


           『形のないもの』

9/23/2024, 2:01:13 PM

金曜の夜は流れる人達の動きが変わる

思いのほか遅れてしまった
入口の前で一度、静かに息を吸い込んで居酒屋の引戸を開ける

店員から奥の座敷に案内されると、すでに乾杯は済ませている様だった

ああ、どうも遅れてすみません

私の登場に
おお、と先に座敷に座っていた面々が沸く

あの、さては、、茶ソバさんですか?と
奥の席から声がかかる

あっ、はい、皆さんはじめまして、茶ソバです
あ、でもこれ、はじめまして、になるんですかね?

少し照れながら私が答えるともう一度座敷が沸いた

うわあ、本物だ、とか
イメージ通りです、とか各々笑顔で話し掛けてくる


私の名前は茶ソバ

もちろん本名ではない

SNSを始める際に適当につけた

それから10年あまり茶ソバを名乗っている

だけど、まさか現実で茶ソバと呼ばれる日が来るとは思ってもみなかった


では改めて、乾ー杯!と皆でグラスを合わせる
じゃあ、茶ソバさんも来られたことですし、もう一回自己紹介しましょうか、
では僕から、と奥に座っていた人が話始める

私はあ、と気づいた
この感じは恐らくキャンドル土田さんだ、と思ってたら

ペパーミント西川です、と挨拶をした

正直驚いた、この人がペパーミント西川さんなんだ、SNSの印象と全然違う、落ち着いた雰囲気の人だった

次は隣の女性が挨拶を始める

ど~も~、はじめまして、兜武士で~す

こちらも衝撃だった、完全に男性だと思っていた

それから順にカールスモーキー立浪さん、吉田ホェニックスさん、DEMON’s GATE PARKさん、営業一平さん、キャンドル土田さん、とSNSでは知った顔が自己紹介をする

多少のギャップはあれど、次第に調和し良い雰囲気で会は進む

勇気を出してはじめてのオフ会に参加して良かった、と思っていたが

一人足りない


会が盛り上がりをみせる中、カールスモーキー立浪さんにそれとなく尋ねる、そういえば会長は?

ああ、来るとは言ってたみたいですよ
会ってみたいすよね、会長

ハンドルネーム、ジャングルジム前田
通称、会長

なんで会長と呼ばれているのかは謎だがSNSの古参でレジェンド的な存在


実は私が今日、勇気を振り絞ってここに来たのも本物のジャングルジム前田を見てみたかったから

会長がオフ会に来るらしい、と聞いて
いても立ってもいられなくなった

どうしても顔を見てみたかった

なんとなく会えない様な気はしていたけど
会えないなら会わない方が良いこともある、と言い聞かせていた矢先


ガラガラガラ、と居酒屋の戸が開いた

ペパーミント西川の連れやけど、と店員に話す声が聞こえる


場の空気が変わる

こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる

会話が止まる

全員が顔を見合わせる

心臓が高鳴る

期待と

現実が

今、交錯した


          『ジャングルジム』

9/22/2024, 3:10:24 PM

あークソ、まただ
またカットインしてきやがる

最初は雑音程度だったけど、確実に音量が増してきている

唐揚げ3人前頂きました、とか
イカ天追加でーす、とか
掻き揚げソバとミニカツ丼セットぉ、とか

お昼時は特に威勢の良い声が割り込んでくる
週末の夜なんか、あまりのオーダーに混線しているようだ

きっかけはよくわからないけど、
どうやら僕の脳は無線のアンテナみたく

近所の飲食店で揚げ物のオーダーが入ったら
その声をキャッチして僕だけに聞かせる、という謎の能力を手に入れてしまった

刺し身とか〆の雑炊とか、かぼす酎ハイとか
そういうのはキャッチしない

タコの唐揚げとか白身魚のフライとかカリカリ揚げチーズとか
揚げ物のオーダーだけが聞こえる

焼き餃子は入らないが
揚げ餃子は入る

焼きチャンポンは入らないが
パリパリ長崎チャンポンは入る

最近、きつねうどんが聞こえた時は戦慄した
あれは別にその場では揚げてないやろ、ゴボウ天うどんならまだわかるけど

もう耐えられない、そんな最中

近所に王将ができるらしい

僕は生まれた街を捨て
揚げ物のない世界へ
旅立つ決心をした


           『声が聞こえる』

9/21/2024, 2:20:41 PM

ねえ、秋ってどんな季節だったの?

わたし、秋って漢字習ったよ
漢字に火が入ってるから、この、夏って季節よりきっと暑かったんでしょ?

と屈託のない笑顔で尋ねられる


おっと残念、秋はね、涼しい季節
お日様が沈んで夜になると綺麗なまんまるのお月様がゆっくり上がってきて
スズムシとコオロギが合唱を始めるんだ
それを聞きながらお散歩をするのが最高なんだよ

歌う虫がいたの?いいなあ
秋は涼しいんだね、秋はお外にクーラーがあったの?

ううん、お外にクーラーはないけど、

言葉に詰まる

涼しかったんだ、なんでだろうね


わたし、わかるよ、おじいちゃんが小さい時はきっとお日様が優しかったんだよ
今はずっとプンプン怒ってる、わたし、お日様嫌い

だってずっと怒ってるんだもん

そうだね、お日様もあんなにずっとプンプン怒らないでいいのにね

いいなあ、歌うスズムシとコオロギとお散歩なんて

行ってみたかったな、秋


               『秋恋』

9/20/2024, 3:41:24 PM

大事にしたい

千載一遇のチャンスが巡ってきた


長らく真面目にやってきた
社歴が長くなるといよいよ社内の様子まで見えてくる

入社以来、切磋琢磨してきた仲間達もいつの間にか選別され、限られた次の椅子を狙うライバルになっていく

最初は不器用で形が整わない赤い炎も
集中して酸素が送られると青く燃え
熱量は増しても外からは見えにくくなる

僕には見えていた
この炎の中に僕はいない、完全にコンロの外、脱落者であった


居残りの残業をしていたある日
見てはいけないものを見てしまう

喉が渇いて
お水を飲みたくて空になったマグカップを持って給湯室へ向かう

社内はとっくに帰って誰もいないはずだった

ところが足が止まる
異様な雰囲気
艶めかしい甘美な音が漏れ聞こえる、

心臓が高鳴る
足を忍ばせ、音が聞こえる給湯室を遠目から覗くと

同期で次期課長の呼び声が高い三平と
同じく同期で次点の課長候補の玲奈ちゃんが

あろうことか給湯室のコンロの上で燃え上がっていた

コンロの上で激しく燃え上がる様はまるで本格中華のチャーハンだ

鍋底とコンロが激しくぶつかり合う音、パラパラのお米が鍋の上で踊っている

僕は思わず写メを撮った


そっと気づかれないように退社し、家に帰ってから冷静に考えてみた

混乱する頭を整える
あの二人、確か

三平は奥さんも小さい子供もいるし
玲奈ちゃんはつい先日結婚式に呼ばれたばかりだ

余計に混乱する
こういうのをなんというんだっけ

Wユー、じゃなくてWなんとかだ

変な笑いがこみ上げる


別に無理して出世したいわけじゃない

責任も大きくなるだろうし、元々管理とかそういうのに向かないタイプなのは承知をしている
ただ僕の人生がこのままコンロの外で終わるのはかなり忍びない、それは本当にそう思う


ならば、手に入れたこの火種

この手で握り潰すのは簡単だけど

社内を青い炎で燃やし尽くすほど

大事にしたい

千載一遇のチャンスが巡ってきた



           『大事にしたい』

Next