いっそのこと
もういっそのこと、思い切り浴びてみようかな、
と思う時がある
最近見た漫画に影響を受けているのかもしれない
夜明け前、遮光カーテンを完全に締め切り隙間がないかしっかり確認する、毎日の作業だ
確かに歳は取らなくなった
未だに若い時の姿を保っている
でも腹は減るし、お腹を満たすにはお金を稼がねばならない
日を浴びられないのには慣れたが、人の姿をしている以上やっぱり社会に合わせた行動を意識しないといけない
近代社会になり、やっと目立たなくはなってはきたのだけれど
その分、受け取る情報が爆発的に増えた
テレビだのインターネットだの、最近はもっぱらYouTubeのお散歩チャンネルを見続けている
自分の生命をこちら側に委ねられたあの日から
私は大きな光を失った
漫画で見た竹を咥えた少女は特異体質でお日様を克服できたらしい
もしかしたら、私も、同じ様に
夜明け前、毎日思うようになった
もう、いっそのこと、思い切り朝日を浴びてみようかな、て
『夜明け前』
え、そんなの
そんなの聞いてないべ
いつもの体育館の裏で一服してたら
トオルからそんな話しを聞いたんで、
トオル、ちょっとバイク貸せ
え?急になんでよ?
いいから、はよ
は?俺が帰れねーじゃん、あ、鍵、おいっ、ちょっと!
トオルのバイクでここまで来ました
そこのノーヘル、止まりなさい!!
途中、マッポに追われたけど
おい!止まれつってんだろ!そこのバイク!止まりな、、ああっ!ガシャーン
余裕で撒きました
おい、オメーんち随分金持ちらしいじゃねえかコラ
金持ちの癖にツッパリやるとか、
ツッパリ、ナメてんじゃねーぞコラ!!
初めて出会ったあの日
あ?ツッパるのに金持ちもクソもねえだろ、ウゼーんだよ
オメーがナメてんだろ、ヤっちまうぞコラ
今まで俺が全力でメンチ切って
目を逸らさなかったのはトオルとオメーだけでした
なんか麗子ちゃん、ロサンゼルスに転校らしいわ
急に後ろからブン殴られたのかと思いました
え、そんなの
そんなの聞いてないべ
あ?それいつよ?
ロサンゼルスとかどこの国だかしんないけど
あ~、確か今日の飛行機じゃね?
勝手に去るとかナメんじゃねーぞ
バイクをぶん投げ、ロビーへ走る
国内線だとか国際線だとか
わけわかんねーことヌカシやがって
ロサンゼルスはどこだコノヤロウ
初めて会ったあの日から
こんなにマジにさせといて
勝手に去るとかナメんじゃねーぞ
『本気の恋』
うぎゃああああ!!!
半狂乱でぶち破る
なあにが
二人だけの大切な日にしようね、
だバカヤロー
ビリビリに破ってグシャグシャに丸めてゴミ箱に全力投球で投げたら
コントロールが下手くそでゴミ箱の縁に当たって、
パンッと弾けた
ヒラヒラと舞う僕のお誕生日
一緒に祝ってくれるんじゃあなかったのかよ、
嘆いたって仕方が無い
だっておばあちゃんが急に亡くなったんだから
仕方ないよな
こないだもクリスマスに亡くなってた
数えること、おばあちゃん4人目である
何人いるんだよ、お前のおばあちゃんは
複雑な家庭もいい加減にしろ、と思いながら
涙がポロポロ零れる
百年先も一緒にいようね、だの
この時間がずっと続けばいいのにな、だの
思い出す度、アアアアアアアアッ!!と叫ぶ
思い出しながらもう一度、散乱した日めくりカレンダーを集めて丸めてゴミ箱に全力投球する
また外した
初めからわかってた
この恋は一方的なんだろう
ずっと一緒にいたい、だの
君の優しさだったのかもしんないけどさ、
でもそれにしてもあんまりじゃないか、
今度こそは諦めよう
散らかった細切れのカレンダーを拾う
一つ一つ並べてセロハンテープでつなぎ止める
ビリビリにした数が多いから
ベタベタに分厚いカレンダーを完成させると
それをもう一度、ぐちゃぐちゃに丸め込んで
渾身の力を込めて
今度こそ
思い出ごと
全力投球で
『カレンダー』
今でもあの日を夢に見る
我々の目論見はあと一歩
いや残り半歩のところまでたどり着ついた、が
意図せぬ隙間からこぼれ落ちた
我々に落ち度があったわけではない
同様に相手も必死だったのだ
世界征服
甘美な響き、究極の欲求
あと一言、
あとたった一言、発する言葉が早ければ世界は私のものであった
下劣で下品で忌々しいあの豚野郎が
ギャルのパンティおくれ、などと叫ばなければ
だが私は諦めない
かつて世界を混沌に陥れた魔王と手を組むのだ
世界の禁忌、魔王をその封印から解き放ち
我々に恩義を感じた魔王に世界を制圧してもらう作戦だ
封印から解き放つまではシナリオ通り
でも、まさかあんなにあっさり裏切られるなんて
だが私は諦めない
人民の気が緩んだ時にこそ、我々に勝機が訪れるのだ
星ごと奪おうと襲来した宇宙人も
マッドな科学者が扱い損ねた生物兵器も
邪悪な魔道士の生み出した魔人でさえ
我々の夢に及ばなかった
私は決して諦めない
決して諦めてなるものか
世界を征服するその日まで
失うものはないのだから
『喪失感』
ちょ、待てよ
不貞腐れてスタジオを出て行こうとした高井を知村が止める
ここからナンバーワンになるぞ、と地下アイドルでデビューしたボクら五人
どれだけ客が少なくてもお互いにがんばりましょう、と励まし合い
俺達にはきっと明日がある、と信じていた
でも何年も同じ状況が続いて
流石にいい加減に、客の入らない日々で
ナンバーワンの夢もいつぞやの夢
いつしかボクらの心を蝕んでしまっていた
まるで時限付きのダイナマイト
ボクらはついに解散の危機に瀕する
スタジオのドアに手をかけた高井は
こちらに背中を見せたまま言い放つ
俺達これ、いつまでやるんだよ、こんなの10$にもならないべ
ドアノブを持つ手は震えている
重たい空気が流れる
わかった
高井くんの気持ち、わかったよ
じゃあさ、最後にこの1本だけでいいから
キヨシが口を開いた
このまま終わるなんて
ファンのみんなに申し訳ないからさ
応援してくれたファンに感謝して
最後に1本、満足なものを録ろうよ
ありがとうって気持ちを音源として残すんだ
名取が賛同する
そうだね、
でさ、これが終わったら
これが終わったら五人で朝日を見にいこうよ、オレンジ色の朝日
知村は寝ていた吾郎をバンバンと叩き起こして
胸騒ぎを頼むよ、と声をかける
そしてボクらはあの頃の笑顔と元気を取り戻し最後のサビを皆で歌った
ナンバーワンにはなれなかったかもしれないけど
あの頃の未来とは違ったかもしれないけど
この五人で過ごした時間はずっと忘れない
『世界に一つだけ』