君と星を見る夜は特別な夜。いつもよりも夜空が鮮やかで、全天の星々はひときわ明るく輝く。
あの光景は一人では見ることのできない特別なもの。君が私の世界に彩を与えてくれる。
だけど、星々の瞬きを映す君の瞳に勝るものはない。その小さな星空を少しでも長く見ていたい。
君と星空を見ていると、星々はいつもよりも速く動く。特別な夜は瞬く間に過ぎ去ってゆく。
遠い君へ
海の底では雪が降る。灯火を燃やし尽くしたものたちの残骸が降り積もる。海の底は全ての始まり。役目を終えると皆そこへ回帰する。
かつて燃え尽きて雪となったものたちがいた。海の底に降り積もった雪の中で私は作られた。私もいずれは雪となって新たな芽生えの糧になる。その芽生えの中に君はいるだろうか。
もし君がいるならば、私の全てを君に捧げることを許してほしい。君のためであるならば、この不条理な荒波を耐え忍ぶことができるから。
遠い君へ
君に会いたくて、秒針の刻む音を聞く。
時が全てを解決してくれると先生が言っていた。
なのに、どれだけ針が進んでも私の前に君はいない。
君に会いたくて、時の流れにただ身をまかせる。
遠い君へ
閉ざされた日記。他の誰にも見せない自分のための記録。
閉ざされた日記では、自分自身と向き合うことができる。
遠い君へ
今日のお題である「木枯らし」の意味がよくわからなかったので調べてみた。明鏡国語辞典に尋ねると、「秋の末から冬の初めにかけて吹く強く冷たい風。」とのこと。
今って冬真っ盛りじゃない…?
なんだか最近お題に盾突いてばかりだが、お題の意味がわからないので仕方がない。いや、これは私の語彙力の問題です。すみません…
責任転嫁に失敗して己の無知を身に染みて実感していると、別の辞書「デジタル大辞泉」が話しかけてきた。「木枯らしはね、すりこぎをいう近世女性語でもあるんだよ。」
我問う、「すりこぎってなんだよ。」と。
辞書曰く、「すり鉢で、物をするのに用いる棒だよ。使うに従って短くなることから、少しも進歩せずかえってだんだん退歩する人をあざけっていう語でもあるんだよ。」と。
「木枯らし」という語の別の意味を知ることができた。だが、進歩せず、むしろ退化するひとをあざけるような単語がお題になるとは思えない。お題の意味を調べれば調べるほど、お題の真意が見えなくなっていく。今の私こそまさに「木枯らし」ではないか!?
ーーーーーーーーー中略ーーーーーーーーー
「木枯らし」は木の葉の払い落としながら吹く冷たい風という意味らしい。(ニッポニカ先生曰く。) その様子から「木を枯らしてしまうもの」という名前がついたようだ。
ふむ。では書く習慣っぽいことでも書いて終わろう。人生における「木枯らし」は時間の流れであろう。年をとると時間は瞬く間に過ぎ去ってゆく。若くみずみずしい心を持っている頃には長く感じる一年が、年を重ねるにつれて短くなっていく。心が冬の季節に入るにつれて、時間は加速していくのだ。この現象は「人生の木枯らし」と呼べるのではないか。
ちょっと無理があるか。
遠い君へ