まだ生きていた。まだ死んでいなかった。
もう立てないと思っていたのに、まだ歩いていた。
どこに辿り着かずとも、進んでいた。
逃げるようにではなく、目指すために。
馬鹿馬鹿しいほど往生際悪く、呆れるほど愚かしく。
ひとつ、ひとつ、手にとっては捨てて。
ひとつ、ひとつ、踏みしめては過去にする。
あれから一年。
まだ行こう。もう少し。もう少し。
あと一歩だけでも。
#一年後
それまで恋だと思っていたものが、そうじゃなかったと思った。
それまでもっと優しいものだと思っていた気持ちを、そうじゃなかったと思った。
それまで無欲でいられると思っていた自分が、そうじゃなかったと思った。
そんなこと、知りたくなかった。
そんなものに、出会いたくなかった。
そんな日に、来てほしくなかった。
なのに、もう遅い。
待っていたわけじゃない。訪ねたわけでもない。
ただ、それはわたしを通り過ぎていった。
なかったことにはならない。忘れられない。
こんなにも遥か遠く過ぎ去った、今になっても。
#初恋の日
わたしに微笑まないでね。
わたしに触れないでね。
わたしに話しかけないでね。
わたしのために泣かないでね。
わたしのために頑張らないでね。
全部、あなた自身のために取っておいてね。
わたしはなんにもいらないから、あなたが、きっと幸せになってね。
わたしに優しくしないでね。
あなたが、あなた自身に優しくしてあげてね。
きっとよ。きっとだからね。
#優しくしないで
そこには、この世で目にした色が全部あった。
どんな白も、どんな黒も、どんな赤もどんな青も。
君の瞳の色、君の爪の色、君の勝負ワンピの色。
あの日の夜空の色、星の色、咲いていた花の色。
全部覚えていた。全部、僕の中に残っていた。
目を閉じる僕を覗き込んで泣いた、君の涙の色も。
#カラフル
どこか淡い色の光の中で、やさしい花の香りが涼しい風に漂っていて、ささやかに鳥が鳴き交わす木陰に、雨は絹のようにさらさらと降り……。
わたしはそんな楽園にいたことがあるんだよ、と彼女が笑う。
僕が、どうしてずっとそこにいなかったの、と尋ねると、彼女はもっと笑う。
彼女はただ、君がいなかったからさ、と言う。
そうして、幸せそうに笑っていた。ここが楽園だっていうみたいに。
#楽園