真っ黒のボディで、いかつい蒸気機関車。
今日は、恋人のミアの見送りで駅に来ていた。
ミアは家庭の事情で、遠く離れた地へ行ってしまう。
俺は駅のホームから窓際の席に座っているミアと、窓を開けた状態で、発車する時間まで話す。
ミアはずっと微笑んでいて、この前号泣していたのが嘘のようだ。
多分、俺を心配させないように、悲しい気持ちを抑えて、微笑んでいるんだと思う。
俺は、ミアに向かって想いをぶつける。
「どんなに離れていても、俺は君への想いは変わらない。ずっと愛しているから!」
「ああ……ルイス……。あなたの言葉、すごく嬉しいわ!お願い、私の手をギュッと握って!」
「ミア!」
窓から出てきたミアの手を、俺はギュッと握る。
離したくない……この手を。
駅の時計を見ると、もうすぐ発車の時間だ。
「ミア、名残惜しけど、発車の時間だ。手を離してくれないか?」
だが、ミアは手を離そうとしない。
蒸気機関車は黒い煙と白い煙を出しながら、プオォォォ!と汽笛を鳴らす。
「どんなに離れていても想いは変わらないから、だから……手を離してくれないか?」
「いやよ!」
こうなったら無理にでも手を離して……あれ?離れないぞ。
まるで手と手が磁石でくっついているかのようだ。
「私の手には超強力な接着剤を塗ってあるの。ルイス、私と一緒に行きましょ!」
蒸気機関車が動き始めた。
手を離すことが出来ず、俺はそのまま蒸気機関車と共に走る。
「うおおお!!!ミアあああ!!!」
「ルイスううう!!!」
周りからは蒸気機関車に乗った恋人を必死に追いかけているように見えるが、俺は蒸気機関車とミアに引っ張られているのだ。
このままでは俺だけでなく、ミアの身も危ない。
「ていっ!!!」
俺は蒸気機関車へ飛び移り、身体を機関車にくっつける。
「ルイス!これで私達、ずっと一緒ね!」
「あ、ああ……強制的にだけど……ゲホッ!ゲホッ!」
前から飛んでくる蒸気機関車の煙に当たり、咳き込む。
駅まで体力と身体は持つだろうか……。
命綱は、ミアの手だけだ。
俺は蒸気機関車にしがみつきながら、ミアと共に遠い地へ向かった。
彼女とのメッセージのやり取りが映るスマホ画面。
俺達は遠距離恋愛をしていて、お互い社会人で忙しく、月に一回しか会えていない。
また会いたいねって話になり……。
「最近俺ばっかりそっちに行ってるから、たまにはこっちに恋よ」
“来い“を“恋“と間違えて変換してしまい、そのまま送ってしまった。
削除しそうとした瞬間、彼女からメッセージが届く。
「また愛にきて♡」
彼女は“会い“を“愛“にわざと変換して、おまけにハートを付けて送ってきた。
……可愛いやつめ。
「分かった。俺が、また愛に行く」
「うんっ。楽しみに待ってるね!」
結局また俺が行くことになったけど、誤変換のおかげで愛が深まり、早く彼女に会いたくなった。
現実と同じくらい、星の数ほどいるSNSの女性達。
今日も自室に籠り、複数人にダイレクトメッセージを送る。
何人か返事が返ってきて、数回やり取りをするが、最終的にブロックされてしまい、強制終了してしまう。
運命の出逢いとかいうけど、俺には全く縁がない。
だから俺は、こうして自分で出逢いのきっかけを作るしかないんだ。
巡り巡って出来た出逢いが、本当の運命の出逢いだと、俺は思う。
トイレへ行き、戻ってくると、誰かからダイレクトメッセージが届いていた。
「あんた、何人もの女性にメッセージを送ってるらしいじゃない。都合が悪くなったらアカウント作り直してるみたいだし。そんなに出逢いがほしいなら、外に出て探しなさいよ」
正論の矢が飛んでいて、胸に突き刺さる。
矢を抜くことも、言い返すことも出来ず、放心状態になり、指を動かすことも出来なかった。
待ちに待った週末の金曜日。
今日頑張れば、明日は休みだ。
明日は何しよう?
いつも家でだらだらしているだけだし、久しぶりにどこかへ出掛けるのもいいな。
出掛けるにしても、どこへ行こうか?
最近、商店街に新しい店が出来たらしいし、見に行ってみようかな。
いや、思い切って遠くへ行って、ぶらり旅というのも悪くない。
まっ、明日起きてから、どこへ行くか決めることにしよう。
よーし、明日は外へ出るぞー!
明日に向かってテンションを上げつつ、仕事に取り掛かった。
次の日の土曜日。
目が覚めて身体を起こすと、違和感を感じた。
今週は残業が多かったせいか、身体が怠い。
折角今日は出掛けようと思っていたのに……。
今日は家で身体を休めることにしよう。
そういうことで、おやすみなさい……。
次の日の日曜日。
昨日とは違い、身体は絶好調だ!
よーし、今日こそは出掛けるぞー!
部屋着を脱ぎ、この前通販で買った新しい服を着る。
髪型ヨシッ!歯磨きヨシッ!身だしなみヨシッ!財布ヨシッ!ショルダーバッグヨシッ!
準備万端で、俺は勢いよく玄関を開けた。
ザーーーッ!!!
外は、大雨だった。
あちこちに水溜まりが出来ていて、大量の雨粒がアスファルトを叩きつけながら跳ねている。
俺は、ゆっくりと玄関を閉めた。
出掛けるのは来週にして、今日も家で過ごすことにしよう。
来週はどこへ行こうかと予定を立てていたが、当日になると面倒になり、結局家で過ごす俺であった。
街の中心にそびえ立つ、高いタワー。
まさか地元に、こんなタワーが出来るとは思わなかった。
タワーには大きいモニターが付いているけど、何か映るのかな?
「真由美、もうすぐ順番回ってくるからチケット準備しときなよ」
「うんっ」
今日は、彼氏の剛と一緒にタワーデートしに来ていた。
「俺がチケット渡すから、真由美のチケット貸して」
チケットを渡すと、剛は空いている左手で、私の右手を繋いだ。
「繋いどかないと真由美が迷子になるからな」
「もー、また子供扱いするー」
と言いつつ、離れないようにしっかりと剛の左手を握る。
手を繋いだまま、私達はタワーの中に入った。
タワーの中は、沢山の人で賑わっている。
見ているだけで目が回りそうだ。
これでも入場制限をしているらしい。
「人が多いな……上から見ていくか」
「うんっ、そうしよっか」
人混みから逃げるようにエレベーターに乗り、最上階へ向かったが、最上階も沢山の人で賑わっていた。
「あちゃー、読み違えたな。見終わった人が下に集まってると思ったんだけど、ここも同じか」
「もうここから見ていかない?折角最上階へ来たんだし」
「そうだな」
私達は人混みを避けながら、最上階を見て回る。
最上階から見る街の景色は、地上でいつも見ている景色とは違って、なんだか新鮮。
剛と景色を楽しんでいると、屋内放送が流れ始めた。
タワーについての説明をしていて、剛と一緒に耳を向けて放送を聞く。
「タワーに付いているモニターには、お客様の要望があれば文字を流すことが出来ます。現在は英数字しか流せませんが、大きい文字から小さい文字まで流せます。詳しくは一階へお越しください」
さっき外で見たモニターは、そういう役割があったんだ。
放送が終わったあと、再び二人で最上階を見て回る。
人が多くて時間は掛かったけど、逆にゆっくり見れてよかったと思う。
エレベーターで再び一階に戻ってきた。
「真由美、ごめん。ちょっとトイレ行ってきていいか?」
「あっ、だったら私も行く」
「じゃあトイレ前でまた集合な」
剛は男性トイレへ入っていった。
男性トイレは空いてて羨ましいなって、いつも思う。
女性トイレは、やはり行列が出来ていた。
ようやくトイレを済ませ、トイレ前に来たけど……剛の姿が見当たらない。
待ち続けて二十分経つけど、剛はまだトイレから出てこない。
もしかして、体調が悪いのだろうか?
人が多かったから、体調を崩したのかもしれない。
トイレで倒れてたらどうしよう……。
「ごめん!真由美!お待たせ!」
剛はトイレからじゃなくて、別の所から走ってきた。
「あれ?どこか行ってたの?」
「ちょっと……ね。まだ時間あるし、もう少し見て回ろうぜ」
「ん?なにか予約してたっけ?」
「あー……こっちの話。まぁまぁ、細かいこと気にせず行こ行こ」
「う、うん?」
剛は私の手を再び握り、一階を見て回った。
外へ出たのは一時間後。
スマホの時計を見ると、もうすぐ正午になるところだった。
お昼何食べに行こうかな?
「ねぇねぇ、剛。お昼──」
「真由美!タワーを見てくれ!」
剛にお昼何食べたいか聞こうとしたら、私の声が書き消される。
なんだろう?と思いながら、タワーを見た。
「モニターを見ててくれ。俺から真由美に伝えたいことが映るから」
「えっ、最上階の放送で言ってたやつだよね?いつの間にやったの?」
「真由美がトイレに行ってる間に……てか、時間掛かったけどな。さっきは待たせてごめんよ」
そっか。だからあんなに遅かったんだ。
私に伝えたいことってなんだろう?
正午を知らせる音楽が流れると同時に、モニターに大きい文字が流れた。
”B L"
……ん?BL?
「しまった!でかすぎて二文字しか流れてない!」
剛は頭を抱えながら言った。
BL……BL……あっ!そういう意味ね!
もう、直接言ってくれたらいいのに。
「剛の伝えたいこと、ちゃんと伝わってるから大丈夫だよ!」
「え、本当?」
「うんっ!お昼はベーコンレタスバーガー食べに行こうねっ!」
「え?」
「えっ?」
お互い、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「BLってベーコンレタスバーガーじゃないの?今ちょうどお昼だし、食べたいのかなって……」
「ちっがあああう!Big Loveだよ!Big Love!」
剛が大きな声でラブを連呼するから、照れくさくて、顔が熱くなってきた。
「ありがとう剛。私も、Big Loveだよっ」
剛の頬にキスすると、剛は顔をリンゴみたいに真っ赤になった。