真っ白な天井が広がる狭い室内。
今、もし願いが一つ叶うならば、時を戻してほしい。
……いや、またあの苦しみを味わうことになるから、やっぱり時を戻すのはなしだ。
そうだな……いっそのこと、ここに居る人達がいなくなればいい。
そうすれば、ここから出れる。
だが、人の気配は消えることなく、足音は止まない。
そういえば今は通勤ラッシュか……くそっ!
格好つけるのはやめだ!俺の願いは、ただ一つ。
トイレットペーパーをくれーーー!!!
俺は便座に座りながら、天井に向かって心の中で叫んだ。
真っ暗の自室内で光るスマホの画面。
時刻を見ると、二時を過ぎていた。
「鳴呼……」
思わず声が漏れる。
また、やってしまった。
明日……いや、もう月曜日で仕事なのに。
休みを終わらせたくなくて、抵抗したくて。
無駄に夜更かしをしてしまった。
出退勤時に通る、おしゃれな家が建ち並ぶ住宅地。
幼稚園・小学生の頃、この辺は草木が生えた空き地で、大きな土の山もあった。
友達と一緒に土の山に穴を掘って秘密基地を作り、沢山遊んで、すごく楽しかった記憶が残っている。
だが、中学生になる前に空き地は整地され、秘密基地も無くなってしまった。
友達との思い出が潰されたようで、すごく悲しかったな……。
それから次々と家が建っていき、いつの間にか人が住み始め、あっという間に住宅地になっていた。
小さい頃から見ていた景色が、こんなに変わってしまうんだと改めて思う。
ここにあった秘密基地は無くなってしまったけど……。
「うっす」
「今日は遅かったな」
「そうなんだよ。課長からいきなり残業しろって言われてさ……」
ネット内の俺達しか知らない秘密の場所で、愚痴ったり、一緒にゲームをしたり、今でも友達と一緒に楽しく遊んでいる。
へんなにおいがして、すごくよごれている私の部屋。
毎日つらいけど、私にはお母さんが教えてくれた歌がある。
「ラララ~♪」
今日も私は歌う。
歌っていると、お母さんといっしょにいる気持ちになるから。
「ラララ~♪」
それに、歌うと元気になるから。
お母さんはいなくなったけど、お母さんの分まで私生きるよ。
「ラララ~♪」
歌っていると、お父さんがドアをけりながら入ってきた。
歌うのやめろ?
だって、これはお母さんが教えてくれた歌だから。
「ラララ~♪」
お父さん、どうしてそんなこわい顔するの?
この歌を聞いて、笑ってよ……。
「ラ……ラ……ラ……」
お父さんに首をしめられても、私は歌い続けた。
太陽が眩しい昼の住宅街。
今日は昼まで仕事をして、半休を取った。
道に人がいなくて快適だが、その代わりに風が強い。
しかも、向かい風だ。
顔に風が当たると同時に、ぐぅ~っと腹が鳴る。
どこかに寄って食べてくればよかったな……。
くんっくんっ。
俺の心の声を聞いたのか、風がカレーの匂いを運んできた。
よその家のカレーの匂いって、どうしてこんなに美味しそうに感じるのだろう。
近くのコンビニに寄ってカレー買おうかな……。
「うっぷ!?」
前から何かが飛んできて、目の前が真っ暗になる。
くんっくんっ。
フローラルな……いい匂いだ。
肌触りが良くて、柔らかい。
これは、なんだろう?
飛んできた物を両手で掴み、顔から剥がす。
「こ、これは……」
白くて、可愛い小さいピンク色のリボンが付いた……。
「パ、パンティ!?」
思わず大声で叫んでしまった。
女性のパンツがなぜここに?
多分、洗濯して干していたが、風で飛ばされたのだろう。
このパンツ……どうしようか?
交番に届けるか?いや、自首するようなものだ。
持って帰る?いや、持って帰ってどうする!
一体どうすれば……。
「あーーー!わ、私のパンツ!」
「えっ」
若い女性が、前から走ってきた。
「ベランダに干してたのを盗んだのね!?」
「ち、ちが──」
「私のパンツを両手で掴んでる……まさか、匂いを嗅いでたんじゃ……」
「嗅いだというか、嗅がせてくれたというか……」
「な……ドスケベ!変態!痴漢!下着泥棒!」
「ち、違う!は、話を……」
「早く返せ!私のパンツ!」
誤解を解くのに、すごく時間が掛かった。
まったく……風は飛んでもない物を運んできたものだ……。