お題《遠く……》
天も地も蒼白に埋もれていく
街も花も色を失って
静寂は聖域のように
(……)
記憶の中でも
僕は動かない
虚ろな瞳で天から降る花を仰いでいる
天にはきらびやかなお城があって
そこには見たこともない美しいお姫様や
魔法使い、吟遊詩人、エデンの騎士
物語に登場する英雄たちが存在している場所があるのだという
病弱な母が聞かせてくれた絵本には夢があふれていた
お金がなくとも
僕は……母とこの絵本があればいい
それだけで生きてゆけるから
それだけで……………………
音がしない
僕の世界から花が消えた
お題《誰も知らない秘密》
風花は誘う
彼の者しか聞き取れない囁きで
神隠しの国へ招く詩を
現し世の目では視ることのできない
真実は鳥居の奥のその向こう側
香りは儚く淡い花香
夢から覚めたら忘れてしまうような
遠い懐かしい
何処かへ置き忘れてしまったような
旅人が語ってくれた冒険譚のような
いつ境界線を越えてしまうのか
いつ惹かれ引かれていってしまうのか
わたしですらもう――憶えてない
すぐに忘れてしまう
あの花も
あの詩も
それは幻霧に霞んでゆく
お題《静かな夜明け》
室内を満たすのは鬱蒼とした空白の感情
恋人と些細なことで言い争って
手つかずの料理
恋人が好きだと作ってくれたスープも
今は沈黙の海でしかない
もっと話したかった
もっとあなたの日常の色を知りたかった
でもあなたにはここではない楽園があった
わたしじゃなかった
わたしだけが夢見て
散った
お題《永遠の花束》
紡いできた想い出を編んでみる
記憶に刻まれた物語を
それは四季織のように
どうしようもない絶望も
踊るような幸福も
ふりかえれば財産だ
宝石にならなくとも
価値にならなくとも
それは誰かの世界観で決めることじゃない
自分の意思で、瞳で、掴んだもので、決めることだ
それはいつかきっと永遠の花束となる
その美しさは色褪せない
あなただけの輝きだから
誰にも分からずとも
それは誰のせいでもなければ
あなたが悪いわけじゃない
わたしは、それを美しいと想う
あなたの生きた証なのだから
お題《ただひとりの君へ》
春風に誘われて美術館へ足を運んだ
理由なんてない
興味もない
それでも一目惚れしたんだ
足を止めた
まるで足が運命を知るように
真っ白なアンティークのドレスを纏い
桜色の唇に花笑み
椅子に腰かける美しい人
僕はこの絵画を知らない
それでも足は先を見る
遠い過去の異国の人が描いた絵画
僕はその時代に想いを飛ばす
もしこの時代で出会えたなら
美しい言の葉で綴った手紙を渡すだろう
まだ見知らぬ君へ
名もなき絵画の君へ