いま 私の願いごとが
叶うならば 翼がほしい
この背中に 鳥のように
白い翼 つけてください
2083年。10年前に蔓延したウイルスにより、新生児が背中に翼をたずさえて生まれてくることが一般的となった。
翼を持った子供たちが使う現代の音楽の教科書にも『翼をください』が掲載されているなんて、伝統とはつくづく滑稽なものである。
「"白い翼"じゃなくてアイツのは"黒い翼"だよね」
「毎日遠くのスーパーまで行ってるから汚いんじゃない?ほらアイツんちビンボーだから」
子供たちの背中には白い翼がついているし、鳥のように飛ぶことだってできた。
しかしキミの翼は黒くくすんでいて、そしてボクの翼は──
「〇〇くんのって本当に白くて綺麗」
「アイツのもペンキでこのくらい白く塗ってやろうぜ」
他とは違って一際目をひく、シルクのような艶のある純白だった。
それもそのはず。運悪く翼を持たずに生まれて来てしまったボクは、世間体を気にした親の財力によって造り物の翼を手に入れたのだ。
血も神経も通わない翼では飛べるはずもない。
他の子のように空を飛んでおつかいに行くなど出来やしない。
萎れた翼を畳んだキミの背中をそっと見つめる。
──飛べない翼だなんて決してバレてはいけない。
大人たちに合わせて今は地上での生活を中心としているが、数十年も経てば状況は変わってくるだろう。
飛ぼう。飛ぶよ。
ボクも、キミも。
この大空に翼を広げ
飛んで行きたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼はためかせ 行きたい
目の前に広がるススキの絨毯は、今日も変わらず風に揺れている。
「だったら私と別れてあの子と付き合えばいいでしょ!可愛いしお洒落だし、私なんかよりもお似合いだよ」
言い訳を聞くどころか、彼の顔すら見れずに家を飛び出して来てしまった。
『望月サァン、今日の夜もダメですか?』
今日も彼を甘えた声で呼んでいたあの子。
素直に人を頼れる子。好意を隠さずに伝えられる子。
外見も中身も、私にはない全てを持っている子。
どうでもいいけど、職場にそんな甘い香水はつけてこない方がいいよ。まぁどうでもいいけど。
ポケットから伝わる振動が、先程までよりも長いものに変わる。
電話に出たら一言目に「今かけて大丈夫だった?」って聞いてくれる、そんなところも好きだったな。
しばらくすると振動が止み、短い通知音がひとつ。
さわさわと揺れるススキはなんだか心を落ち着かせてくれる。月明かりに照らされた黄金色の輝きは穏やかで、どこか憂いを帯びていて。
写真を撮ろうと取り出したスマホには何件もの着信とメッセージ。
[もう夜遅いから家にいてほしい。迎えに行くから場所教えて][何度も電話してごめん。どこか泊まる場所があるなら無視していいから]
ああ、どこまでもこういう人だった。
私がどんなに疑っても否定しても変わらない体温で包みこんでくれるような、そんな人だった。
再びの着信に、今度は応答ボタンに指が伸びる。
側で照らしてくれる。ゆらゆらと揺れる私を見守ってくれる。
綺麗に咲いた花を案じる必要なんてなかったんだ。
だって、月にはススキがお似合いでしょう?