#65 猫と私と優しい雨
ある春の優しい雨の降る休日に子猫を拾った。
さほど猫好きというわけではなかったが
雨の中、ぽつりと道端にいる白い子猫
見つめられると放っておけず家に連れて帰ってしまった。
その頃の私はまだ社会人となって間もない頃で
慣れない会社から帰ると
猫が出迎えてくれるのはとても心が休まった。
....
それから18年
猫と私の同居生活は続いていた。
猫のことを特に溺愛しているつもりはないが、
結局、恋人もつくらず猫と過ごしている。
でも、仕事はうまくいっているし、友人関係も良好だ
時折、世話好きの上司や親戚からお見合いを勧められたり、、猫と暮らしている事を知っている友人からは猫好きの女性を紹介されそうになったり..…
色々と、ありがたいとは思うが、やんわり断り続けている。
私は一匹と一人の「今」にとても満足しているのだ。
猫は私のことをじーっと見つめていることがよくある。
ネット情報によると遊んでほしいとか不満があって解決してほしいなどなど…理由は色々あるそうだが、
私は見つめられているのに気付くと見守られているような気分になり、優しく見つめ返すと猫もまた目を細めて.…
お互いアイコンタクトをとる、
そんな猫と私の優しい時間が長く続いていた
....…
ある休日
雪解けを告げる優しい雨が降っていた
すっかり歳をとった猫は今日も朝から静かに眠っている、そう思っていたが、
気づくと静かに逝ってしまっていた。
優しい雨が沁みる休日となった。
....
それから、何か忘れ物をし続けているような日が続いた
いい歳をした男が飼い猫が死んでしまったからと
メソメソしているわけにはいかず、
ひたすら仕事に打ち込んいた。
というより、空っぽの家に戻りたくなかった。
そんな変化を気遣った友人から声がかかった。
「ある女性と会ってみないか?
見合いのように堅苦しいものじゃなく、
お互い話が合わなければお茶だけで帰っていいから…」
以前だったら断っていたが、休日に用事が出来るのはありがたい。
約束の日曜、ホテルのラウンジ
あいにくの雨模様だ。
そんな雨の中、白いワンピースを着て現れたその人は今時にしては少し古風な物静かな人だ。
軽い自己紹介を済ませると
会話は少なくなり
ただ、静かに窓の外で降っている雨を一緒に眺める時間となったが
不思議と気まずいことはなく、
ふと見つめられると優しく見つめ返したくなる...
あの頃のように優しい時間がまた流れ始めていた_
あいにくの雨がいつの間にか優しい雨に変わり
私の心に沁みている。
お題「見つめられると」
#64 味わいのあるマイ・ハート
それは__
ガラスでできている
生まれた頃は
うすはりグラスのように繊細だったのに、
今はずいぶん分厚くなり、
透明感も少なくなってしまった。
そして、
ところどころひび割れて
そのひび割れを継いだ跡や
防弾ガラスのように
弾丸を受け止めたような傷跡
よく見たら少し欠けているところもあり...
だけど、
とても年季の入ったもののようで、
こういうひび割れや傷跡こそ
人生の「味わい」だと、
そう思わない?
お題 My Heart
#63 考察・半世紀分の「好きじゃないのに」
半世紀生きてきて
「好きじゃないのに」はいくら時間をかけても
「好き」に昇格することはなかったです。
(嫌いな食べ物を一応食べられるようになったけれど好きな食べ物にはなっていないし...?)
ただ、現実は
好きじゃないのに、
続けている付き合い
食べているもの
習慣にしようと努力していることなどなど
「好きじゃないのに」していることは
まぁまぁあります。
何故、好きじゃないのにそうしてるかというと
そうしているといい事があるらしい...という噂や
そうすべき的な常識や
単純に大人の事情だったりするわけです。
ただ、限られてきた人生の時間
世間さまが好きなものが
自分も好きとは限らなくて
自分の好きに対する臭覚をもっと信用しても
いい〜んじゃないって思うんだけど
どうかしら?
お題 「好きじゃないのに」
#62 雨男の朝
今日の天気は晴れ
ところにより雨が降るでしょう
お天気お姉さんがにこやかに伝える
ところによる...か、
雨男の僕は今日も傘を持って
でも、レインコートはいらないかな...
雨男は毎日荷物が多い
お題 ところにより雨
#61 水槽の人魚姫
透明の大きな水槽に居る
特別な存在の私は
何の不満もなく
ずいぶん前からここで過ごしている
「かわいそう....」
水槽の外から見学者の声がした
バシャッ!
尾びれで水面を叩いて激しく水しぶきをあげると
さっきまで私を不憫に思っていた人たちは
眉間に皺を寄せ離れていく
自分の物差しで測れないものを
「かわいそう」と思うことで
自分の不自由さを曖昧にしている
君らの方こそかわいそうだよ。
私は去っていく人間を見送りながら心の中で呟いた。
実はこの水槽は海と繋がっていて
自由に行き来できるけれど
私は自分の意思でこの水槽にいるのだ。
「ほどほどに頼むよ。今日も元気かい?」
私の特別な人の声がした。
施設の作業着を来たその人は
水槽越しに優しく笑っている。
私は嬉しくてその人の近くに寄った。
水槽から海に続くゲートを開いてくれたのはこの人なのだ。逃してくれるつもりだったらしいけれど、
逃げない私を不思議に思いながら、毎日こうやって水槽のガラス越しに私を気遣ってくれる。
....
この人と出会い
海の魔女と契約して
約束の40年が経とうとしている
魔女に声を預けた40年間
彼との「縁」が切れなければ
私は声を一時的に取り戻し
自分の気持ちを伝えることができる。
そして、思いを受け止めてもらえれば
尾びれが足となり私は人間になれるのだ。
歳を重ねた彼は頭に白いものが混ざり
笑うと顔がしわくちゃになってしまうけれど
美しい瞳は40年前と同じ
何も変わらない。
彼はもうすぐ「テイネン」というものを迎えて、この場所を去らなくてはならないらしい
そして、最近、「リコン」というものをしてひとりぼっちになってしまったそうだから
今、お相手はいないに違いない。
ちなみに、リコンの原因は性格の不一致というものだそう...
寂しそうに話してくれた。
最初で最後の
そして、最大のチャンスが来ようとしている
初めて会った時から好きでした。
これからもずっとそばに居させて下さい。
あなたは私の特別な存在です。
時が満る今夜
40年分の思いをあなたに伝えよう。
思いが通じなかったら
この水槽の中で泡となって消える覚悟は
とっくにできている。
お題 特別な存在