昔の恋で、
好きじゃないのに想ってしまう現象に
困惑してた時があった。
好きじゃないのに想ってしまう、
ということは、
もう完全に恋してるってことで、
素直になれなかっただけみたい。
恋はね、
素直になった方がいい。
改めて思う、
今日この頃です。
ところにより雨。
今もどこかで、ところにより雨だ。
ところにより雨。
なんだか落ち着く響き。
ところにより雨。
明日は晴れるだろうか。
特別な存在。
恋愛に限らずそこそこいるかも。
好きな人はもちろんだけど、
自分の人生に影響を与えてくれた友人や、
一応、家族もいるのかな。
ペットの存在も大きかった。
道端で出会う鳥の存在も、通学中の私に癒やしをくれた。
お布団やトイレ、お風呂も大切で特別な存在。
自分だって、ここまでへいこらやってきた自分は、
俯瞰して考えると、特別な存在かもしれない。
そうやって考えていくと、あまり綺麗事を言いたくないけど、人類みんな、誰もが、存在する生きとし生けるものすべて、特別な存在なのだろう。
自分の日常を少しでも華やかに、彩りを与えるのであれば、必要不可欠であれば、それは生きるための、自分にとっての指針にもなり、特別な存在になりうるかもしれない。
ひとつひとつ、自分の好きを、特別な存在を増やしていこうと思う。
そうすれば、人生そのものが、
特別で豊かな存在になるはずだから。
バカみたい、と笑い合って
バカみたいにふざけ合ってた時が、
一番懐かしかったりする。
だからたまに、日常にバカを取り入れて愉しくしようとすると、これまた面白いのだ。
確かに、あの時のようにはもう戻れないけど、
子供時代や学生時代のような
茶目っ気さや愛嬌、おふざけを日常に取り入れると、
現実にユーモアをプラスする愉快さが出てくる。
そういうことをたまにでも共有できる、思えることは、有り難く、尊い存在、瞬間なのかもしれない。
あと、バカみたいに思える瞬間も、後悔もたくさんあった。(馬さん鹿さんかわいそうとかも)
でも、そこからまた学んだ。
止まりながらも、やらかしながらも、着実に、マイペースに、ゆっくりだけど道を歩んできた(と思う)。
(私の人生、バカみたいと言わず、これはこれで誇って良いのかもしれない)
今度は日々に、自分に、ユーモアを意識して生きていけたらと思う。
そうしていれば、また、バカみたいと
心から笑い合える日が来そうだから。
終点の駅で、二人ぼっちになった。
あれが今でも忘れられない。
私とあの人以外、誰もいなくて、
その時の温度や空気感、駅構内の夜の明るさ、
まだ鮮明に思い出す。
会いたいなぁ。
驚き隠せずに、ガン見をしたけど、
まさかなぁって思ったけど
よくよく思い出せばあの人で、
また奇跡的に会えないだろうか。
実に、きれいでした。
また会えますように。