5.永遠に
幼少期からやたら干渉したがる両親のもとで育てられた我々。家庭内暴力で追い込む事が十八番の両親から逃げられない環境で暮らしてから二十数年が経っていた。
「いつまでも親は生きてる訳じゃないからね!」
母の口癖にはうんざりだった。
「儂もいつ天へ呼ばれるか分からんし…」
と自分の死に悲しんで欲しそうな父の相手も面倒くさかった。
我が子の顔色なんざ見ようとしないアイツらにありとあらゆる暴力で精神を蝕まれて若くして死にゆくのか…それまで永遠にこの地獄を味わわねばならないのか…と人生に諦めていた。
しかし
私と性格が似ていた兄が亡くなってからは、気持ち悪い位に私の顔色を伺うようになったではないか。
葬儀を終え仏間に小さくなった白くなった兄を置いた後、父が口を開いてこう言った。
「お前は幸せになったらそれで良いから」
…
ふざけるな。
4.理想郷
調理技術を究める者、プロ野球選手を目指す者、自愛を心得ようとする自傷行為常習者、誰かに対する積怨を水に流そうとする者。
上記は例えばの話で、大抵の人は「こうなりたい、ああしたい」という願望を抱えていることだろう。何か目標を達成するのに短期間かつ生半可で成せるものではない。かなり長期戦になるのは目に見えるのだが、馬の合わない時間泥棒な案件が発生してなかなか成就できない状況に、しまいには中途半端な結果で終えてしまうことだってある。
時間を奪うのではなく、相手と良い意味で向き合い、共有、了察、信愛等分かち合える要素が程良く満たしていれば、きっと思い描いていた人物に成れるのかもしれない。
3.もう一つの物語
起床時から就寝時迄に体験した情報を対価にもう一つの物語、謂わば夢の世界へと誘われる。自分と住民達が面白おかしく時にはシリアスな展開を繰り広げる、自分の「IFストーリー」を無限大にご堪能あれ。それではみなさん、良い夢を。
2.暗がりの中で
就寝時に瞑ると兄の納棺姿を毎夜毎夜、思い出してしまう。
我が家は毒親に『教育』『私達の子ども』というだけで身体的・精神的に痛めつけられ、幼少期ながら肉体労働を強い、毒親の意にそぐわねば愚痴をこぼされた。テレビゲームをしている時は私達に聴かせるかよように、とってつけたような大きな溜め息を何度も何度も浴びせてきた。幼少期ながら刑務所にぶち込まれた気分で過ごす羽目になり、毒親の教育の成果が出て、晴れて精神疾患者の仲間入りだ。
「何で我が家の子だけがこんな風になっちゃったの?」
「仕方ねぇわ、ウチらの子だから」
残念な子ということか。ざまぁみろ。お前らの子は失敗作だ。そのまま毒親は苦しんでしまえばいい。
長男という重圧とDV、毒親の過干渉に行動制限で兄がどうなるのか見当もつかないのが阿呆な毒親の、本に載ってそうな程典型的例だ。勿論兄は最初こそ抵抗しようとしたのだが、この毒親である父が家庭を力で掌握するタイプの人間で過剰な圧と古き悪き頑固親父ならではの怒鳴り散らしをするもんだから、幼少期の頃から逆らう事をゆるされなかった。高校卒業と大学入学と同時に一人暮らしを始めた兄は毒親から離れたことで初めて自由と開放感を味わった。『我慢を強いられた人間が急に自由を与えられたら一体どうなるのか』という動画のサムネに取り上げられるような顛末を迎えることに………そう、兄の中で何かが切れた。
人生真っ只中で箍が外れ大学中退、社用車で物損事故、飲酒運転で現行犯、奨学金の延滞続きで山積みの催促状、セルフネグレクト、嘘で塗りたくるしか生存するしかない毒子第一号の出来上がりだ。
毒親の手で地獄の滑車に成り果てた兄は止まるところを露知らず、そして叱ると怒るの区別の出来ん毒親が車輪に暴言エキスの油を注ぎまくった。止まらない。もうどっちも止まらない。止めようとしない。
そして兄はダムから飛び降り自殺した。
身体はぐちゃぐちゃに複雑骨折しており、顔は辛うじて原型を留めていたが、右目が潰れたのかピンポイントに痣ができたのか、泣いているように見えた。それを見た遺族は余計に泣きじゃくる。
あれから毒親は気持ち悪いくらい萎らしくなり大人しくもなった。毒親から離れられるチャンスは今しかない。数ヶ月後、私も旅立った。さようなら。私達を散々苦しめた分まで永遠に苦しめ。
1.愛言葉
心の通い合ったもの、愛し合ったもの同士の存在証明する不可視的パスワード。