え、どういうこと? まったく信じられないようなことが起こると、思考がフリーズしてしまう。空耳か? あまりのことに、どうしていいか分からない。
いつも通りのことをしようとする。騒いだり、わめいたりしたらいいのだろうけれど。現実のこととは、思いたくない。何にもなかったかのようにやり過ごそうとする。
ぼんやりと名前を呼ぶ声が聞こえる。ああ、大丈夫。まったくいつも通り…。今日がエイプリールフールだったらいいのに。嘘ってなったらいいのになんて、ただただ思う。
「エイプリールフール」
桜の花が咲く。ぶわっと咲いて、一つ一つの花は小さくても、なんて派手なんだろうかと思う。それが何本もある時には、嫌でも目に入ってくる。巷では、花見の言葉があふれて、スーパーで買い物していても、お弁当やお団子が並んでいて、桜を意識してしまう。
毎年思う。そんなに桜を見たい訳でもない。でも、桜の花を見たくないなんて、そんな気分じゃないなんて言えないような雰囲気だ。今年も咲いた。その時に限ってよく雨が降る。今日も雨だ。
強い雨に打たれているのに、思ったより散っていない。花は、力強くしっかりと上をむいて、凛としている。生きている、という感じがした。
桜を見る人たちがいる。子どもがはしゃいで、長靴で走っていく。ふと、誰かの幸せを願いたくなった。幸せに。みんな幸せに。
「幸せに」
カウンターだけの狭い店。ここの味が好きなのだけど、どうもカウンターの席が苦手だ。前に店主がいると、妙に緊張して、何だか落ち着かなくなる。
椅子に腰掛けようとして、ふらついたり、箸を袖に引っ掛けたり、あわあわして、せわしない雰囲気になってしまう。
小さくなって座っていると、横に荷物カゴが寄せられた。隣の人を見ると、手がどうぞというジェスチャーをしている。ああ、膝の上に荷物を置いたままだった。身動きがしにくいはずだ。お礼を言って、荷物を入れる。
反対側の人が席を立ち、後ろの壁に掛けてあった上着をとった。ハンガーをすっと差し出して、さっと出て行った。二人の何気ない感じの気遣いがうれしくて、ふっと緊張が緩んだ。
「何気ないふり」
今日は、ちょっと嫌なことがあった。仕事でうまくいかないことがあった。大切な人たちに迷惑をかけた。なんだか気分が乗らない。ちょっと転んだ。電車に乗り遅れた。その人を仕方なく横切っただけなのに「ちっ」と言われた。
なんだかなと思う日の夜の、帰り道に咲く桜が満開だった。立ち止まって木の下に入る。街頭に照らされる花は、薄ピンクのモヤみたいで本当に美しかった。誰もいないその場所を、独り占めした。それだけで、今日はハッピーエンドだ。
「ハッピーエンド」
後ろから、じーっと見てみてみる。「そうすると、振り向くかもよ」って言うから。あ、少し横向いた。だめか。後ろまでは、気づかないか。
「もっと、思いを込めなくちゃ」。気付いてーと、少し強く思ってみる。しばらくすると、また顔が上がった。後ろ! すかさず念じてみる。
頭がゆっくり動いて、ふーっと後ろを振り返ってきた。あっ。目が合った。不思議そうに、じっと見てくる。「ほら、笑って」。言われるままになんとか笑顔を作る。
すると、向こうも目元がふっと緩む。その優しい眼差しに、ドキドキする。もうこれ以上は無理だ。でも、隣の彼女は、こんな駆け引きをうまく積み重ねることができるらしい。
「見つめられると」