新しい年になった。いつもの朝だ。違うのは、雰囲気だろうか。テレビをつければ、お正月番組をやっていて、めでたいオーラに包まれる。
街がいつもより静かなのが、やっぱり普段とは違う。しめ縄や正月飾りをする家も、めっきり少なくなった気がする。
だんだん、目に見える形の正月らしさは、減ってきている。それでも、気のせいか、元日だけは空気が澄んでいる気がする。
キリッと引き締まった何かに覆われている。
気持ちも新たに。
あけましておめでとうございます。
「新年」
大晦日、相変わらず慌ただしくこの日を迎えた。年々、月日が経つのが早く感じる。もう一年過ぎたのか。焦りのような、何とも言えない気分になる。
ふと、久しぶりの人から連絡が入っているのに気づいた。「よいお年を」で締めくくられたメッセージ。元気にしているか気になっていた。
年の最後の最後に、ほわっと温かい気分を運んできてくれた。「よいお年を」。メッセージを送り返す。程なく、また新しい年になった。
「よいお年を」
そこは、森の中だった。木々に囲まれて、人が作った建物はここだけだ。それも森に馴染むように極力自然に近い形である。ベランダに出ると、森の息吹を感じることができる。
夜は、月明かりに照らされる。思いのほか明るくて、青白い世界が広がっていた。高い木々は、青い陰影に彩られ、その下の草木もほのかに青い。虫の鳴き声と、何かの鳴き声がする。それは、ひたすら一定で心地よい。
空には、星がきらめく。気が遠くなるほど無数にある。ああ、自分はちっぽけだ。世界は、とてつもなく広い。普段見ているものなんて、ほんの一部にすぎないのだ。そう思うと視界が滲んできて、星たちがチラチラ、チラチラと降り注いで見えるのだった。
「星に包まれて」
年末年始というのは、あんまり好きではない。何となく落ち着かないのだ。暮れは、何かと慌ただしい。年始もやっぱり落ち着かない。いつもと違う街の雰囲気にのまれるせいかもしれない。
初日の出でも拝みに行ったら、もっと心穏やかになるのかもと思うけれど、そこまでの気力もない。
年末の街は、人の動きが活発で、どこかエネルギッシュだ。だいたいギリギリまでバタバタして、31日の夜ようやく一息つく。テレビの紅白歌合戦をぼんやりと見ると、きらびやかな画面がちらちらしている。
華々しくフィナーレを迎えると、急に画面が切り替わる。ゴーンとお寺の鐘の音を聞く。あー、今年も終わっていく。耳を澄ますと、家の外からも鐘の音が聞こえてくるような気がする。年が明けるまでの数十分を、ようやく静かに過ごす。
「静かな終わり」
自分が見ている世界は、絶対ではないのかもしれないと思った時、ぐわっと視界が広がる気がした。
いつの頃からか、思うようにならない自分を責めたりするようになっていた。長くそんな感じが続いていた。でも、違う視点が存在するのかもと思うと、まるでパラレルワールドを見たみたいに、視界が動いたのだ。
自分の目で見たと思ったことは、自分のフィルターを通している。ほかの人が同じものを見ても
、自分と同じとは限らない。それぞれに感じ方が違うのだ。
そう思うと、ふっと楽になるようなことがあった。これからも、心のあり方はずっと変わり続けていくのだろう。
「心の旅路」