また会いたいと思っている、あんまり親しくない人との別れ際、いつも私は少し緊張する。
「またね」と言われると、軽く安心する。
「また、いつか」と言われると、ちょっと悲しくなる。〝いつか〟は、もうない気がするから。
私がそれを言うときは、あいまいで消極的な〝会いましょう〟なのだ。
でも、分からない。もっと軽い〝いつか〟かもしれない。いつかは決めないけれど、また会いましょう、なのかもしれない。
やっぱり〝いつか〟はもうこないこともある。
でもその〝いつか〟が、思いのほかすぐきたりすると、何だかとてもうれしくなる。
「またいつか」
子どもの時に初めて星座表を見た時から、夜空に星座を探してみるのがクセになった。
冬の星座が一番探しやすくて、表で見たのとぴったりだったらうれしくなった。
でも、星はあんなにくっきり見えているのに、とてつもなく遠いところにあると分かった。何光年も離れているというとんでもない計算を聞いたら、頭がぼーっとして途方にくれた。
私には星について深く考えるのは無理そうだと思った。
それでも星を見るのは、楽しかった。
細かく、プルプル光が揺れる。
あの星の一つ一つが、ステキな可能性のような気がしてくる。
ちょっとため息がでる日も、星空の下では、私はとってもちっぽけだ。たとえ、追いかけるものがうまくいかなかったって大したことない。
それより遠くにある星を、めざしていけばいいかなんて思えてくる。
そして、今日もいつものように夜空を見上げる。
「星を追いかけて」
ずっと長いこと、今を生きていない気がする。
前のことや、先のことばかり考えている。
過ぎてしまったことを思って、とやかく悩み、
先のことを思って、憂いたりしている。
でも、いるのは今だ。
いくらほうぼうに思いをとばしても、
今がずっと連続してある。
そんな大切なこの瞬間に
時々、他の人の方へ意識が飛んで、
自分を見ていないことがある。
私は、何をしたいのか。どうしたいのか。
自分の中に意識を返して
今、楽しもう。
「今を生きる」
網戸をちょっと開けていたら、ふわりと小さな黄色い蝶が入ってきた。
ふぅーっとさまよって、ピタっと壁にとまった。
何度か細かく羽を揺らした後、じっとしている。
細いボディに、黄色い羽。部屋の中で見ると、案外大きく見える。
困った。どうしよう。
網戸のほうから「こっち、こっち」なんて呼んでみたりする。
来るわけないか。
しばらく動く気配がなさそうなので、大きめのビニール袋を持ってきてみる。
そぉーっと近づく。
パッとかぶせると、あっさりとビニールに入った。パタッパタッと小さい羽音がする。
袋の口を手で押さえて、ベランダへ出る。袋を空へ向けてあけた。ん? 出ない。
軽くゆすってみる。さあ!
ふっと出て、やっと慌てたように青空のほうへ飛んでいった。
「飛べ」
夜、電車を降りて家に帰っていると、パンパン、シュルシュルと音がしてくる。遠くの空が、曇ってほんのり明るく輝くのが見える。
あ、今日は街の花火大会だった。
引っ越してきて初めてだ。
歩きながら、高い建物のないところへくると、隙間から花火がちらっと見えた。
耳の奥を揺らすような大きな音が聞こえる割には、なかなか花火が見えない。だいぶ遠そうだ。
もうすぐ、フィナーレを迎えるらしく、パラパラ、ヒュー、パンパンと音が激しくなっている。
そうこうするうちに、家の近くにたどり着いた。
すると、花火の方向の視界がたまたま開けていて、かなり高く上がった花火だけが見えている。花火の丸の上半分や、小さな丸がポーンと次から次へと。おお、こんなところから。
ちょっとうれしい一日の終わりだった。
「special day」