最近よく誰かと間違えられる。
「前に来られてましたよね」なんて話しかけられる。行ったこともない初めての場所なのに。
どうやら私にそっくりな人物がいるらしい。
あんまりそんなことが続くと、私が私であって私でない気がしてくる。
このところ、暑さのせいで、何だかぼんやりしている。いつも乗る電車なのに、違うホームに立っていたり、反対方向に歩いていたり。
強い日差しの中、道路で揺れる、もやもやっとした陽炎を見ていると、ほかにもう一つの世界があるのかもしれないと思う。その世界でももう一人の私が暮らしているのかもしれない。
「真昼の夢」
どうしても思い出せない。
2人だけの色々なこと。
彼女だけ覚えていて、私だけ忘れている。
ほかの楽しい大切なことは、たくさん覚えているのに、それだけは、よく覚えていない。
キラキラした目で、あの時の…と、言われるたびに、あいまいな返事ばかりしている。
「二人だけの。」
透き通ったものは、なんて魅力的に見えるのだろう。
暑くなると、透明なグラスやカップに入った飲み物がひときわおいしそうに見える。
たとえば、アイスコーヒーのグラスの、氷が重なりあって浮かび、ほのかに薄茶色に見えているようす。赤みを帯びたオレンジ色が氷の光でところどころ薄く輝くようなアイスティー。グラスの表面には、水滴が浮かび、揺らすと聞こえるカラカランという氷の音も透き通った感じを引き立てる。
夏のデザートもそうだ。
ゼリーや、水羊羹、金魚の模様が浮かぶ和菓子。液体のように透き通ってはないけれと、すりガラスのようにちょっとだけ曇った感じがいい。器にもって、光を受けると控えめにきらめくそれを、そっとスプーンにとる。
暑い夏の楽しみの一つだ。
「夏」
家のリビングの壁時計がいつも5分進んでいた。調子が悪いのかとずっと思っていた。「あの時計、5分進んでるよね」と家族でも話したことがある。
その時計が電池切れで止まったとき、父が交換していた。今度こそちゃんと動くかと見たら、やっぱり進んでいる。なぜかまたきっちり5分。
ある日、あらためて父に「この時計、5分進んでいるよね」と言うと、何でもないような顔をして「ああ、5分進ませているから。正しいのは、こっち」と、棚にある置き時計を指差した。まさか、家族で見る時計を黙って進めていたなんて。
すっかり父にだまされていた。
「隠された真実」