たみ

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6/27/2023, 4:28:52 PM

三題噺(完成)
キーワード:靴紐、プロポーズ、遊園地
 
心地よい春の陽気に包まれた土曜日。
穏やかで優しい風によって、サラサラと動く髪が優しく頬を撫でる。
「絶好のお出かけ日よりで良かったね、伊織。」
隣で歩く彼、川上陽(ひなた)は今日の天気みたいな笑顔で、私の方を向いた。
「そうだね。久しぶりの遊園地、すごく楽しみだな。」
私と陽は同い年で、付き合い初めて今日で4年になる。
記念日に何処に行こうかと話し合った結果、初デートで行ったきりの遊園地に決まった。
陽は「他の場所の方がいいんじゃない…?」とか「またあんなことになったらどうしよう…。」とかなんとか言って躊躇していたものの、私がどうしても行きたい!と食い下がらないでいると、しぶしぶながらも了承してくれた。
なぜ陽がこんなにも煮え切らない態度なのかというと、彼は遊園地での初デートでいくつものヘマをしでかしたからである。
絶叫マシンに乗った後、気分が悪くなってしばらく立てなかったり、アイスクリームを買いに行ってくれた後に迷って、なんとか合流できたものの、溶けたアイスクリームを落としてしまったり、当時の彼は見事なポンコツぶりを見せてくれた。その日の彼の様子を思い出すたび、クスッと笑ってしまう。
しかし、絶叫マシンが苦手なのに私のために、苦手なことを隠して一緒に乗ってくれて、アイスクリームもその失敗を挽回するために買いに行ってくれたものであり、落ちてしまったものの、私の分だけウサギの顔になっているアイスクリームであった。
その空回りぶりを見てポカンと口を開けていたものの、なぜか「私、この人とずっと一緒にいるんだろうな。」と確信してしまった私。思い出すたびに苦笑いしてしまう。
それらのヘマにより、前日までは渋々といった様子だった彼だが、今日はいつもより浮き足立っていて、それを隣で見ている私もふわふわとした気持ちで遊園地へと向かった。
 
遊園地に着いて入場した後、今回は順調に2つのアトラクションを楽しみ、そろそろお昼ご飯にしようかという時間になったため、マップを開きレストランを探していた。
「ん?誰か泣いてる?」
突然、陽がそう言い出して辺りを見渡す。
私も耳を澄ませていると、微かに泣き声が聞こえたため、探してみると壁の傍に下を向いている男の子を見つけた。帽子をかぶっているため顔は見えないが、肩が不規則に震えており、泣くのを我慢しているのか、嗚咽が時々漏れていた。
「あれ、あの子じゃない?」
私が問うと、彼も「確かにそうっぽいね。」と、すぐにその子の元へと駆け寄った。
「どうしたの?大丈夫?」としゃがんだ彼が聞くと、男の子はビクッとして顔を上げた。
少し怯えているようにも見えたが、「…お母さんとお父さんがいない。」と答えてくれる。
それを聞いて彼は男の子に、「そっか、怖かったね。それじゃあ一緒に探しに行こうか。」と、誰もに好かれるような温和な笑みで話しかける。
男の子もそれを見て安心したのか、溢れ出すように涙を流して、声は言葉になっていないものの、何回も首を縦に降ってくれた。
私には「とりあえず迷子センターに連れて行こう。探してもらってもいいかな?」と聞いてきたため、私はマップを開いて迷子センターの場所を探す。
見つけた目的地に向かって歩き出す。私が場所を探している間に、彼はすでに男の子と仲良くなったようだ。今日は何に乗っただとか次に乗りたいアトラクションだとか、今学校で流行っている遊びなどについても話して盛り上がっている様子を私は微笑ましく見ていた。
「あ、靴紐解けてるよ。」
私は男の子の足元を見て言う。
「ほんとだ。小学生なのに靴紐の靴を履いてるなんてかっこいいね。」と彼が言い、「そうでしょ!お休みの日だけ履いてもいい靴なんだ。」と男の子が嬉しそうに答える。
しかし一瞬で顔が曇る。困惑に恥ずかしさが混じったような表情だ。
私が問う前に彼が「どうしたの?」と彼が問いかける。
「…ぼく靴紐結べない。いつもはお母さんにしてもらってるの。」
「よし。じゃあ特別に僕が結んでやろう。」
誇らしげに笑う彼が男の子の解けた靴紐を結ぶ。
紐を中央で交差し、片側の紐を下から通して外に引っ張る。
そして紐の片側を輪っかにして、そこにもう一方の紐を巻きつけ、その巻きつけた部分の下側にできる輪から、その紐を引っ張る。
「よし!できた!」
「わあ!お兄ちゃんありがとう!」
朗らかに笑う彼と男の子を見て、今度も「私、この人とずっと一緒にいるんだろうな。」と確信し、今度は「この人とずっと一緒にいたい。」とも心の底から思った。
今回は失敗しないぞとずっと前からデートプランを計画していた君、なんか手を握りたくなったんだよね~と少し照れた表情で私の薬指を握る君。
最近ソワソワしていた彼の様子を思い出して微笑む。
(今日だよね。)
しまい忘れていたのだろう、昨日彼がお風呂に入っているときに、エンゲージリングで有名なブランドの紙袋が机に置かれているのを見た。いつも大事なところで締まらないのだ。
浮き足立つ気持ちを抑えられないまま、私は二人と共に歩き出した。
 
 
「おはよう。窓開けるね。」
心地よい春の陽気に包まれた土曜日。
穏やかで優しい風によって、サラサラと動く髪が優しく頬を撫でる。
ベッドのネームプレートには「川上伊織」と記されている。
僕は付き合い始めて4年の記念日に、観覧車でプロポーズした。
緊張してスムーズには行かなかったけれども、彼女はそんな情けない僕を見ても呆れずに、笑って応えてくれた。人生で一番嬉しかった出来事だ。
しかし結婚して二年、彼女は事故にあった。
病院から連絡が入ってすぐに駆けつけたものの、彼女は植物状態となっていた。
それから2年と6ヶ月の月日が流れている。
幸せが解けてしまう瞬間は呆気なく、もう二度と元には戻らない。

4/18/2023, 3:51:43 PM

お母さん、おもちゃ、絵本、花、空。私の世界でそれらは全て「灰色」という色で彩られていて、人はそれを「無色」と言う、らしい。
私は生まれた頃から母に病院へ連れて行かれるまで、皆が私と同じ世界を見ているものだと思っていたがそれは当たり前でなく、全色盲という異常であると言われた。そう言われた幼い頃の私は、何を言っているのか理解できなかったけど。
絵の具の違いがわからない。夕日が綺麗だという感情がわからない。
小学校の先生や友達は私の灰色の世界を知って、私の当たり前を受け入れてくれたけど、私は皆の当たり前を受け入れることも、皆の世界すら知ることができない。
そんなことを経験するうちに、私は塞ぎ込んで自分の世界だけに引きこもるようになった。
この、何色なのかもわからない色の濃淡で染められた世界を表現できるのは私だけ。コンプレックスの裏返しのように私はデッサンにのめり込むようになった。
高校生になった私は、いつものように美術室で石膏像のスケッチをしていた。
目の前にある男の顔をした石膏像は、窓から差し込む光によって濃い影を作り出している。黒は私にとって1番強くて安心する色。黒であれば皆と共有できる。ずっと夜であればいいのに、そうすれば私も皆と同じ世界にいることが出来るのに、そう思って寝れない夜もあった。小さい頃は。
影を作る石膏像は厳格な雰囲気を纏って、綺麗だと感じた。そう感じると同時に影に対して飽き飽きする気持ちも隠せない。
これが私が美しいと感じるもの。
そう思い聞かせながら鉛筆を走らせた。
そうしているとふいに人の気配を感じて、反射的に美術室の入口に目を向ける。
明るくて、白い。
そこには今まで見たことがないくらい、淡い女の子が恥ずかしそうに立っていた。
「す、すみません!失礼しました!」
彼女は目が合った瞬間びっくりしたようで、そう言って慌てて入口から走り去っていく。
まって、と口が動く前に体が動いた。
椅子から立って入口の方へ走る。私の後ろでガタンとキャンバスが倒れた音がしたが関係ない。
もう1回見たい。彼女の色を。
私の周りにいる人間は全て灰色で彩られている。
だけど彼女は白色だった。
急いで彼女の後を追い、手を掴む。
全力疾走したせいで、息が上がって言葉が出ない。
「描かせて。」
やっと出た短い言葉と共に顔を上げる。
戸惑いを隠せない彼女の姿を見た私の鼓動は更に大きく速くなる。
次に描くべきものは影じゃない。光だ。
私は彼女を見てそう確信した。