たみ

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お母さん、おもちゃ、絵本、花、空。私の世界でそれらは全て「灰色」という色で彩られていて、人はそれを「無色」と言う、らしい。
私は生まれた頃から母に病院へ連れて行かれるまで、皆が私と同じ世界を見ているものだと思っていたがそれは当たり前でなく、全色盲という異常であると言われた。そう言われた幼い頃の私は、何を言っているのか理解できなかったけど。
絵の具の違いがわからない。夕日が綺麗だという感情がわからない。
小学校の先生や友達は私の灰色の世界を知って、私の当たり前を受け入れてくれたけど、私は皆の当たり前を受け入れることも、皆の世界すら知ることができない。
そんなことを経験するうちに、私は塞ぎ込んで自分の世界だけに引きこもるようになった。
この、何色なのかもわからない色の濃淡で染められた世界を表現できるのは私だけ。コンプレックスの裏返しのように私はデッサンにのめり込むようになった。
高校生になった私は、いつものように美術室で石膏像のスケッチをしていた。
目の前にある男の顔をした石膏像は、窓から差し込む光によって濃い影を作り出している。黒は私にとって1番強くて安心する色。黒であれば皆と共有できる。ずっと夜であればいいのに、そうすれば私も皆と同じ世界にいることが出来るのに、そう思って寝れない夜もあった。小さい頃は。
影を作る石膏像は厳格な雰囲気を纏って、綺麗だと感じた。そう感じると同時に影に対して飽き飽きする気持ちも隠せない。
これが私が美しいと感じるもの。
そう思い聞かせながら鉛筆を走らせた。
そうしているとふいに人の気配を感じて、反射的に美術室の入口に目を向ける。
明るくて、白い。
そこには今まで見たことがないくらい、淡い女の子が恥ずかしそうに立っていた。
「す、すみません!失礼しました!」
彼女は目が合った瞬間びっくりしたようで、そう言って慌てて入口から走り去っていく。
まって、と口が動く前に体が動いた。
椅子から立って入口の方へ走る。私の後ろでガタンとキャンバスが倒れた音がしたが関係ない。
もう1回見たい。彼女の色を。
私の周りにいる人間は全て灰色で彩られている。
だけど彼女は白色だった。
急いで彼女の後を追い、手を掴む。
全力疾走したせいで、息が上がって言葉が出ない。
「描かせて。」
やっと出た短い言葉と共に顔を上げる。
戸惑いを隠せない彼女の姿を見た私の鼓動は更に大きく速くなる。
次に描くべきものは影じゃない。光だ。
私は彼女を見てそう確信した。

4/18/2023, 3:51:43 PM