――適正、創造。二次適性、文芸。
掌の端末。映し出された電子ナンバーカードの詳細には、そう記されていた。
「なるほどね」
先週、二次適性検査を受けた。私も来月には18歳、成人になるから。生まれたときの遺伝子検査の一次適性が創造。それに二次適性の文芸を掛け合せた場合の適職がその下にズラリと並んでいる。飽きるまで目でなぞって、思わずため息が出た。
「嫌だ」
人にはそれぞれ適性があり、それに合わせた仕事をすることで効率化をはかる。それがこの国の労働改革として始まったのは何年前だったか。授業で習ったけど忘れた。もちろん強制するものではない。けれど適性に合う職業を選ぶと、様々な給付やら免除やら、金銭的にも、精神的にも、都合が良いように出来ている。強制はしません、でも出来ればそうしてください、と暗に言われているようなものだ。適性に合わせてさえいれば、就職先を探すこともそう難しくないらしい。
「ねぇ、何だった?」
「文芸」
幼なじみは口の端を上げてにやりとする。ゆっくりと二度頷いた。傍から見ても納得の判定らしい。
「何するの?」
「え。どれも嫌」
「嫌って。どうすんの」
驚いたような、心配そうな顔。無難に、安全に。そんな生き方を良しとする平和主義者は、春には適性通りに適職専科へ進む。それも良いと思う。保育士、似合いそうだし。
「適性なんて知るか」
「いやだって色々損だよ?勿体無くない?」
「自分の人生自分で選ばない方が勿体無いわ」
「えぇ、でも、」
幼なじみは何か言いたそうに口ごもる。ふと目が合うと、微笑まれた。
「適性職の方が習熟も早いって言うしメリットも多いけど、なんかもう腹決まってる顔だもんね」
「好きこそものの上手なれ、って言うじゃん」
「じゃあ、がんばれ?応援してる」
〉やりたいこと 22/6/10
『ロマンチストとリアリスト』
「今は多様性の時代だから」
多用し過ぎて言い訳じみた言葉と。
「こうあるべきなんてことは何もないよ」
限り無く行き過ぎた自由を連れて。
「君は君のままでいいんだ」
盛大にオーバー気味の許容範囲で。
「どんなところも愛してる」
とにかく全てを受け入れるから。
「そんなの愛じゃない、間違ってる」
だけど君は眉をひそめる。
「確かにどんな個性も許されて然るべきだ」
ぼくの手をそっと解いて。
「それでも越えたらいけない一線も確かにある」
諭すような言葉と、哀れむような瞳で。
「無条件に受け入れることが正しいわけじゃない」
言葉で静かにぼくを突き放した。
「そんなの、愛じゃない」
「じゃあ、君が思う愛ってなんなの?」
〉正しいことなんて知りたくない、私が知りたいことは、
22.6.9
昨今の廃墟ブームで訪れる人が格段に増え、安全管理が厳しくなった。現在の所有者が誰なのかはっきりしないらしく、管理は役所で担っているからなおのこと。
とはいえその廃墟が、地域の集客に一役買っていることもあり、解体は免れたようだ。
ほんの数ヶ月前まではすすけた白い壁に、ひびと蔦が這っていた。今では草木は手入れされ、ひびの修繕まで施された。窓や鍵の壊れた扉からは侵入できないようにしっかり対策が講じられており、こうしてぼんやり外から眺めるのが精々だ。
かつての廃墟は、とても安全な場所に生まれ変わった。これなら余程のことがない限り誰も立ち入れないし、危険もないだろう。役所が安全管理や措置で叩かれる心配はなさそうだ。
ただ、こうまで手をかけて管理してしまうと、そこはもう廃墟じゃない。人がいた面影や空気を感じながら、その温度が過去になった世界は消えたも同然なのだ。日毎訪れる人の足は減り、伴って地域への経済効果も減少した。商店街や宿泊施設から、不満の声が上がるのも時間の問題だろう。
〉閉ざされた教会 / 22.6.8