たそがれは
すべてを溶かす
空から青色がおりてきて、紫、赤、黄と夕暮れを溶かしていく。
色分けされたゼリーのように空が溶ける。
小さな三日月は空の割れ目。
逢魔が時の不思議なものたちがこぼれ落ちてくる。
すべてが溶けてまざってる。
たそかれたそかれ
となりはだあれ?
「たそがれ」
月の上でうさぎが二羽、ブランコを漕ぐ。
うさぎの前には青い地球が浮かんでいる。
「今日も地球が浮かんでいるね。」
「ああ、浮かんでいるね。」
「いつもとおんなじ場所に浮かんでいるね。」
「浮かんでいるね。」
「いつもとおんなじ景色だね。」
「あまり変わらないね。」
「明日もきっと変わらないね。」
「うん。きっと変わらないね。」
「明後日もきっと変わらないね。」
「うん。きっと変わらないね。」
「きっとずっと変わらないね。」
「うん。きっとずっと変わらないね。」
横に並んだ二羽のうさぎ。
一羽が前に出るともう一羽は後ろに。
互い違いになりながら漕いでいる。
「きっと明日も」
参考 : 9/11「カレンダー」
9/17「花畑」
9/19「夜景」
9/28「別れ際に」
静寂に包まれた部屋でドビュッシーの ' 月の光 ' をピアノで弾く。
「静寂に包まれた部屋」
月の上にて─
「ちょっと散歩に行ってくる。」
と言ったら、
紙でできたコップのようなものを渡された。
けっこう歩いた時、コップについてた糸がぴんと張った。
なんとなくコップを耳にあてると、
『きこえますか。
きこえますか。
どうぞ。』
と聞き慣れた声がコップの中からした。
「きこえてます。
きこえてます。
どうぞ。」
とコップに向けて話す。
『そっちの様子はどうですか。
どうぞ。』
「いつもと変わらない月の上ですよ。
どうぞ。」
どうぞ。どうぞ。と話し続ける。
何をしにきたんだっけ?
「別れ際に」
参考 : 9/11「カレンダー」
9/17「花畑」
9/19「夜景」
自転車で帰っていると通り雨にあった。
ぽつぽつぽつ、と降ってきて、
とたんにざーっ、と。
「最悪。」
髪から肩からびしょ濡れだ。
ため息。
ふと違和感を感じて自転車を止めて頭上を見る。
気のせいか?
自分サイズの小さな灰色の雲が、すぐ上で自分にだけ雨を降らせている。
ガッと雲を掴むと自転車のかごに入れ、鞄を重しに載せて家まで帰った。
家に着くと、雲を掴んで、
「降らすな。」
と言って家に入った。
テーブルの上で手を離し、
「座れ。」
と言うと、
雲はテーブルの上に降りた。
雲から目が二つ覗き、こちらの様子を見ている。
俺はタオルで頭を拭きながら、お湯を沸かしはじめた。
「インスタントのコーンスープ、いらないだろ?」
いちおう聞いた。
雲は体を少し揺すって、首を横に振っているようだった。
雲はもじもじそわそわ、まるでトイレに行きたいこどものようになってきた。
「なんだ?
降らせたいのか?」
頷くように体を動かす。
チッ、と舌打ちをする俺。
「そこ。
流しの上。」
そう言って流しを指さすと、
雲はそろーっと、流しの上まで行って細かい雨を降らせ始めた。
ため息。
家の湿度が上がりそうだ。と思う。
トポポポポ
カップにお湯を注ぎ、スプーンで混ぜる。
椅子を少し流しの方に向けて座り、流しの方を見る。
「……それで?
どういう了見で俺をこんな目に遭わせた?」
「……………。」
「俺にだけ降らせやがって。」
「……………。」
「夏ならまだいい。
ちょっと涼しくなるし、すぐ乾くし。
でも今の季節はだめだ。」
俺は雲を相手に説教を始めた。
風邪を引いてしまうかもしれない。とか、
濡れたらその後どれだけめんどくさいかとか。
雲は雨を降らせながらおとなしく聞いていた。
ふうっ。
とりあえず言うだけ言って気が済んだ。
「まあ、あれだ。
お前にも役割ってもんがあるかもしれんしな。」
勝手口をカラカラと開けて、逃げるように促した。
雲はおずおずと外に出て行った。
三日後。
おれの自転車の1メートルほど後ろで、またあいつが雨を降らせている。
一体なんなんだろう。
「通り雨」