一面の花畑を踏みしめて進む。春らしい青空はやさしい色で、素朴な白い蝶があたりを舞い、一陣の風が吹いた。
あのひとがこちらを振り向く。色とりどりの花たちが揺れる。差し出された手は白く、こちらに微笑むその表情はやわらかい。
夢のような景色。だから夢なのだと。
ああ、せめて覚める前に――伸ばした手は掴まれることなく、私は瞼を開いた。
――モンシロチョウ
抱き寄せられ、彼の手のひらの熱さに息をついた。
つまらない同情ならされない方がマシだ。体温を分け合うような真似なんて以ての外。
なのに突き放せないのは何故だろうか。きっとだとかだってとか、言い訳を考え始める時点で私の負けなのだろう。
同じように彼の背中に腕を回す。途端にきつくなった締め付けすら心地よかった。
――同情。
「ありがとう、ごめんね」
少女は笑って、血に塗れた。
太陽のようにきらきらしい人。透き通る瞳が弧を描く。はじける笑顔が眩しい。
伸ばされた手が私の手を取る。つられて私まで笑顔になってしまう。
――君と出逢って私は、こんなにも世界が美しいことに気づけたんだよ。
『君と出逢ってから、私は…』
彼が私の頤に手を添えたのを合図に、唇が触れ合う。そっと薄目を開け、美しいそのかんばせを堪能しながら柔らかいそれを食んだ。すっと通った鼻筋に肌理の細かい肌。けぶるような睫毛が影を作っている。
艶やかなその容姿は人の目を引く。私も最初は彼の見目の良さに惹かれた。でも今は、違う。真っ直ぐなその芯、何処までも気高い魂……その全てを好きになってしまった。真実に触れることも許されていない私が言っても、説得力がないかもしれないけれど。
冷たい手が性急に服を剥ぎ、肌の上をなぞるように這ってゆく。そんなに柔な質じゃないのに、彼はいつも壊れ物を扱うように私に触れる。もどかしくて熱い息を吐けば、彼が悪戯に笑った。
ねえ――もうこれ以上優しくしないで。大切なものを扱うように、丁寧な手つきで身体を拓かないで。私のことを好いてくれているのだと、勘違いして……期待してしまうから。
『優しくしないで』