私は、愛人。
誰よりも、彼を愛してきた。
一途に、一途に、愛してきた。
彼が家に来る時は、いつも夜だった。
華やかなシルクのキャミソールドレスを着て、
艶やかな化粧をして、
甘い声をした。
正直、彼と結婚できると思っていた。
彼は、奥さんより私の方が綺麗だと思っていた。
でも、現実は違った。
彼の奥さんを遠目で見た。
すぐに分かった
遙かなる 予期せぬ早さ 幼子よ われ知らぬうち 巣から飛び去る
「兄上、どうか、私の死を悲しまないで。」
血の海に、彼は浸る。
柔らかく、微笑み、いつものよう私を尊敬の眼差しで見る。
「嗚呼、頑張るよ。」
私は、辛うじて笑みを浮かべた。
「兄上、あなたは私の憧れでした。
例え、理解されなくとも怯まず、
例え、冷遇されても結果で圧倒し、
何があろうと己を信じ、
何があろうと努める。
その姿は、正しく我家を継ぐに相応しい。」
彼は死の淵に漂いながらも、
その瞳は潤み輝きを増し、
彼の表情は、まるで英雄譚を語る子供のようであった。
そして、月日は流れる。
私は、今、死の淵を漂う。
後にも先にも、彼、いや、貴男だけだったよ。
私に、あのような眼差しを向けてくれたのは。
やっと、そちらに行けるようだ。
嗚呼、なんと永き月日だったであろう。
貴男の最期は、一度たりとも忘れられた事など無かった。
私は、血の海に浸る。
永きに渡り、待ち望んできた、死とは、こんなにも穏やかだったのか。
ならば、あの時、私がこの手で最後に貴男を殺めた時、
先代を殺し、兄弟を皆殺し、
我家の悪習という名の代替わりを成し遂げた時、
貴男が何故、いつも以上に穏やかだったのか、
やっと分かったよ。
「我が息子よ、私の死を悲しむな。」
息子は涙を堪えながらも、覚悟を決めた表情をしていた。
私は、瞼を閉じる。
「承知、致しました。」
微かに、息子の声が聞こえた。
わたくしの夫は、ろうそくの灯りのような人だった。
自然の草木を愛で、動物と語らい、楽器を奏でる。
平和と豊かさを心から愛している人だった。
太陽のような輝かしさ、宝石のような華やかさは無くとも、
暗闇を柔らかく照らし、多くの人々を安心させる、ろうそくの灯り。
皆の日々を支え続ける、温かい心遣いのできる人。
本当に非の打ち所の無い、自慢の夫だった。
体調が悪い。
頭が働かない、自分のことで手一杯で何もかもが癪に障る。
やばい、めまいがしてきた。
意識が遠のく。
汗は滲む。
身体は重く、辛うじて動くがとても遅い。
やるべきことは、たくさんある。
なのに、出来ない。
悔しい、やっとだ。
やっと、5年ぶりに薬要らずで体調が安定してきたのに。
多くの努力が実を結んでいたのに。
気候が少し、体調が少し、崩れただけで何も出来ない。
薬を飲んだが、少し飲むタイミングが遅かった。
ただ、それだけ。
それだけのはずなのに、全然効かない。
分かりやすく、発熱してくれたら良いのに。
こんなに自分が理解できず、
こんなに自分が許せないとは考えられなかった。
予想してなかった。
私は、未だに理想に固執していたことに。