季節が変われば、人々の装いも変わる。
それは、美しい。
その季節を象徴とする色に、多くの人々の装いも染まる。
この情景は、人々が豊かで無ければ、見ることは叶わない。
私のハンカチには、ふたつの大文字のアルファベットが少し重なるように
妻が、深く染められた絹糸で刺繍してくれたものだった。
この深く染められた絹糸を人々が躊躇なく買える、
そんな安定した、豊かな、平和な治世にしたかった。
今、私は……やっと、そう思える。
私の成したことは、間違ってなかったと。
この、私の治める地の人々を、この年も困窮されなかったと。
嗚呼、本当に良かった。
ああ、本当に良かった……。
目から涙が溢れて、溢れて、止まらなかった。
どのくらい、経っただろう。
気付いた時には、側に妻が居た。
優しく微笑みながら、私の頬をつたう涙を……
あのハンカチで、そっと拭いてくれていた。
叫びなんて、馬鹿らしい。
幼い頃から何度も見てきた、父に縋りつき喚き叫ぶ母。
母に冷笑を浮かべ、父は『君も僕みたいに愛人をつくると良い。』と言う。
そんな滑稽なやり取りを何度も見てきた。
女泣かせのクズな父。婚外子は把握しているだけでも、数十人は居た。
父に固執し続けた母。実子の完璧さを求め、次第に狂っていった。
大人に成り切れない、哀れな両親を見て思った。
喉を枯らしても、届かないと。
そう、貴女に出逢うまでは……。
耳を澄ませる。
なんとなく、好きな音に耳を傾ける。
虫の音が静かに響き、心を優しく包んでくれる。
だからだろうか、虫の音を聴くと 凪みたいに穏やかになる。
秋は、何もかも崩れる。
日が暮れる時間が早まることで、心の調子は崩れてしまう。
寒暖差が大きいことで、春や夏の疲れが押し寄せる。
これらが重なることで、体調が崩れてしまう。
でも、だからこそ、日々を見直せる気がした。
春や夏の無茶を、秋には見直し、冬には反省を生かす。
だから、秋は『いつものはじまり』だと思う。
わたしにとっての、本当のはじまりはいつも秋だった。
いやよ、ひとりの女だけを愛さないで……。
わたしは、あなたの妾に過ぎないわ。
でも、心から…あなたを愛してるの。
そんな……わたしの側にいるときより、幸せそうな顔をしないでよ。
ああ、わたしのまえで…そんなに彼女のことを嬉しそうに……話さないで。
そう言えたら、どれだけ良いのだろうか。
あなたに嫌われることが、何よりも恐ろしいの。
離れることは、甘い嘘より……いやよ。
わたしの愛を、忘れないでね。
暖かく、麗らかな、中性美を纏う、魅惑の貴女。
そよ風のように、私に触れる貴女。
凪のように、穏やかな貴女。
竹のように、靭やかな貴女。
蝶のように、軽やかな貴女。
何人たりとも惚れぬ、母鷹のように凛々しい貴女。
貴女の前では、青薔薇も色褪せる。
貴女の温もりは、巨万の富も価値を成さない。
この世で最も深く愛す、貴女。
私の妻として、子どもたちの母として、貴女は幸せでしたか。
貴女の、風花のように澄んだ声を……鈴のような笑い声を……
どうか、もう一度だけ、聴かせて……。