たまに、お互い行き先を告げずに出かけることがある。わざとではなく、普段何気なく共有していることだがら、今回も相手が当然知っているだろうと思って伝え忘れてしまう。相手が出かけたあとで、ふいに「あれ、どこに行ってるんだっけ」と疑問に思う。でもあえて聞きはしない。お互いよく行く場所は決まっている。これから自分が出かける先で、君とばったり出会うんじゃないかって、ちょっぴり楽しみにしている。
#巡り会えたら
「黄昏時の境内って、何か雰囲気出るなー!」
オカルト好きな友人が興奮気味に言う。もう一人の、そういう系に滅法弱い友人はギョッとして、
「そ、そんなこと言わないでよ……」と涙目だ。
俺は二人のやり取りを黙って見ていた。別に信じていないわけではないが、特に怖がる理由もない。何せ、この神社は俺の家だ。今日は三人で課題をしていて、これから帰る二人を送っていくところ。黄昏時に境内を歩いたことなど何度もあるが、怪奇現象に遭遇したことなど一度もない。
「ねえ……な、何も無いよね?」
不意に聞かれたので、俺は少し考えてから、
「鳥居をくぐれば大丈夫」と答えておいた。
ここは少し高台になっていて、鳥居をくぐると石段の上から街を見下ろせる。橙と紫の空の下、ぽつぼつと灯りがつき始めた住宅街の眺めを見れば、もう怖くなどないだろう。
#たそがれ
部活終わり、下校時になって急な通り雨が降った。
「傘持ってねえー」
隣で友人が呟く。中学からの付き合いだが、こいつが折りたたみ傘を用意周到に鞄に入れているところなど見たことがないので驚きはない。
しかし、今日は俺も傘を忘れてしまった。普段入れている鞄の外ポケットを覗くが、見当たらないのだ。そう言えば昨日の夜コンビニに行く時に使って、玄関で干したままになっていた気がする。
「もしかして忘れた? 珍しいな」
俺のしかめっ面を見て察した友人が、お前でも失敗するんだな、と言いたげにふっと笑う。
「人の傘あてにしてる奴に言われたくないんだけど」と冷ややかな目で言い返すと、
「あてにしてないもーん」と友人は言い「じゃ、走って帰るか!」と、いきなり雨の中に飛び出していった。
「え? いや、どうせすぐ止むんだから待とうぜ」
俺の叫びなど聞こえないようで、その後ろ姿はどんどん遠のいていく。そしてちょっと先にある軒下に滑り込むと、早く来いよと手を振ってきた。
「いやいや……」
ため息しか出ないが、こうなっては仕方がない。俺は鞄がなるべく濡れないようにブレザーを被せると、意を決して雨の中に飛び出した。不必要に濡れるのには反対だが、部活で汗を流した分、身体に打ち付ける雨が心地よいような気もした。
#通り雨
「俺の誕生日は中秋の名月なんだ」
毎年九月になると、兄貴は口癖のようにそう言っていた。実際兄貴が生まれた年、その日は中秋の名月だったらしい。しかし年によって日は異なるから、新月だった時もある。
でもオレは、カレンダーより月の満ち欠けで兄貴の誕生日を覚えてしまっている。日付の意味での誕生日は過ぎたけれど、今年もあと数日で満月だ。
#秋🍁
「ねえ、今度の週末、XXでイベントがあるんだって。行ってみない?」
そう言って、君は私の眼前にスマホの画面を持ってきた。その日は二人とも仕事が休み。私は決まった予定がなくても構わないのだが、君は大抵何か見つけてくる。そして私は興味の範囲が狭いため、それは大体君の好みだ。
でも一つ大事なことがあって、私がその提案を断ることはあまりない。
スマホを受け取り、ホームページに一通り目を通して、
「いいね」
と微笑むと、君の表情は太陽みたいに晴れ上がる。
君は元来よく笑うけれど、私が笑うと、いつももっと笑ってくれるね。
#形のないもの