目が覚めるまでに
怪物がようやく眠りについた。
ふう、今のうち今のうち。
新発売のダッツ夏限定を食べてやる。
そーっと冷蔵庫を開け、愛しのダッツを
取り出す。
パッケージをパカっとペリペリと開けて
えへへ…あー…
嘘だろ。コントじゃん。
怪物の鳴き声がする。幻聴か?
いや紛れもなく怪物だ。
オムツか、ミルクか、室温か、服がきついか
遅れてきた背中スイッチかー⁈
哀れ、しまい忘れたダッツは
ソフトクリーム味の飲み物と
なりましたとさ。
また買ってきてって旦那に八つ当たろう。
一応我が子には当たれないからね。
大きくなった時の
ネタが出来たと思い…たい。
入院したことがない。
そう書くと、
いかにも健康優良児のようだが、
この歳になると、ここが痛いあそこが痛いと
ボロボロ(のつもり)。
しかし漢方内科のおじいちゃん先生は、
たいていニコニコと
「今日も元気ですね、よく食べる人は基本
元気なんですよ」
と言ってくれ、ほっとする。
よく食べる人…うん、間違ってないしな。
お気に入りのレースにお花の刺繍
甘々の日傘に
フリルたっぷりのロングワンピースを
あわせて
街へ出かけよう
行き交う人が皆んな私を見ている
素敵な人だって言ってる、
口の動きを見ればわかる
最近見つけたおしゃれカフェで
ベーグルランチとケーキセット…
は食べすぎ?でも今日くらいはいいの!
ダイエットはお休み〜
食後はお店のウィンドウを眺めながら
優雅にお散歩
あのティーカップ素敵ね
3客あれば家族分あ…る…
何言ってるの?私は花の独身
いつか王子様が迎えに来るのよ!
そうこうしてるうちに、ああ、夕暮れだわ
家に帰らなきゃ…うち…家に…
ーかわいそうに、固まっちゃったよ
ー若くして旦那さんとお子さんをいっぺんに
亡くされて
ーあれから何十年も経つのに、時が止まったままなのね
ー白塗りにピンクワンピは、夕方見ると迫力増すわー
明日、もし晴れたら、また
明日また…私は…
だから、一人でいたい。
「もう、なんか、うざいよね」
ドキリとした。言い当てられた気がした。
ーおーい、ビール一本!
ーは、はい、今すぐ!
「いいよ、あんな親戚のオジサン、
ほっとけば」
夫の甥っ子の、何君といっただろう、
長めの前髪から涼しげな瞳が覗く。
お盆三日目、宴会続きの夫の実家、
台所の片隅。大広間から逃げて来た、私。
「◯◯さんてさ、何が好きなの?」
え、名前覚えてくれてた?
甥っ子君は手に持った缶を傾け、中身を
飲み干した。
アルコール?いやジュースだ。
「好きって何が」
「趣味とか」
「こんなおばさんの趣味聞いてどうするの」
無理に笑った。
「いや、別に、世間話だよ」
甥っ子君はニヤリとした。
八重歯が、光った。
夜
嵐の夜
風呂に入る
庭の薔薇が揺れている
野犬が鳴いている
その頃
産院の新生児室では
まだ目も見えぬ赤ン坊が
じっと宙を見つめていた