お気に入りのレースにお花の刺繍
甘々の日傘に
フリルたっぷりのロングワンピースを
あわせて
街へ出かけよう
行き交う人が皆んな私を見ている
素敵な人だって言ってる、
口の動きを見ればわかる
最近見つけたおしゃれカフェで
ベーグルランチとケーキセット…
は食べすぎ?でも今日くらいはいいの!
ダイエットはお休み〜
食後はお店のウィンドウを眺めながら
優雅にお散歩
あのティーカップ素敵ね
3客あれば家族分あ…る…
何言ってるの?私は花の独身
いつか王子様が迎えに来るのよ!
そうこうしてるうちに、ああ、夕暮れだわ
家に帰らなきゃ…うち…家に…
ーかわいそうに、固まっちゃったよ
ー若くして旦那さんとお子さんをいっぺんに
亡くされて
ーあれから何十年も経つのに、時が止まったままなのね
ー白塗りにピンクワンピは、夕方見ると迫力増すわー
明日、もし晴れたら、また
明日また…私は…
だから、一人でいたい。
「もう、なんか、うざいよね」
ドキリとした。言い当てられた気がした。
ーおーい、ビール一本!
ーは、はい、今すぐ!
「いいよ、あんな親戚のオジサン、
ほっとけば」
夫の甥っ子の、何君といっただろう、
長めの前髪から涼しげな瞳が覗く。
お盆三日目、宴会続きの夫の実家、
台所の片隅。大広間から逃げて来た、私。
「◯◯さんてさ、何が好きなの?」
え、名前覚えてくれてた?
甥っ子君は手に持った缶を傾け、中身を
飲み干した。
アルコール?いやジュースだ。
「好きって何が」
「趣味とか」
「こんなおばさんの趣味聞いてどうするの」
無理に笑った。
「いや、別に、世間話だよ」
甥っ子君はニヤリとした。
八重歯が、光った。
夜
嵐の夜
風呂に入る
庭の薔薇が揺れている
野犬が鳴いている
その頃
産院の新生児室では
まだ目も見えぬ赤ン坊が
じっと宙を見つめていた
嵐がくる。
非常食とランタン、毛布
窓の強化、あと何があるかな。
裏のガケも危ないな。
そうそう、いつだったか、
「犬をしまえ」っていうツイートあったな。
不謹慎だけど笑っちゃった。
犬は大きな音苦手なんだよな。
あっ、明日の花火大会、中止かな…。
楽しみにしてたのに。
明日のことなんかより、今目の前の嵐だ。
集中集中。
ハザードマップの確認と、
家族の避難場所の確認
ああ、嵐がくる
子どもの頃、季節は今の時節だったろうか
皆んなで遊んでいると、
祭囃子が風に乗って、
聞こえてくることがあった。
わたしのふる里で、祭りといえば獅子舞。
それは賑やかなものではなく、
どこか寂しげな調べであったが、
それが聞こえてくると胸が高鳴り、
「お祭りやってる!行こう行こう!」と
その方角に当てずっぽうに
飛び出すのだった。
今思えば、祭囃子の練習を
していただけだったかも知れないし
ほんとうに祭りだったかもしれない。
いつもたどり着けずに終わってしまった、
子どもの頃の思い出。