「安心して。貴方が目が覚めるまでにはきちんと終わらせておくから」
明るく笑う彼女が小さく首を傾げた。
僕は先程から遠退いていく意識の中で、「何を・・・・・・?」と、辛うじてそれだけを質問する。
「大掃除」
そう言って彼女は僕に背を向ける。僕はフカフカのベッドに横たわりながら、何だ、ただの掃除か。それなら僕も手伝うのに。と、考えが過る。
でもさっき彼女が淹れてくれたハーブティーの効果が良かったのか、僕はいま抗えないほどの眠気に襲われていた。もう瞼が重くて開けられそうになくて、何だか僕ばかり楽して悪いなと思っていたら、「おやすみ、ご主人様」と優しい声が鼓膜に届く。
情けないなと思いつつ、僕は彼女の厚意に甘えることにする。目覚めたときに屋敷がピカピカになっていたら、目一杯に彼女を称賛してあげよう。そう計画しながら、僕はそのまま意識を手放した。
【目が覚めるまでに】
病室の片隅にあるベッドの上。
そこから外の風景を窓辺から眺める君の顔を遠くから見つめる僕は。
その大きな瞳にさざ波のように揺蕩う感情をはかり知れずに。
またこの胸の鼓動が逸る意味も知らぬままに。
この白い空間に囚われ続けている。
【病室】
明日、もし晴れたら。
一緒にピクニックに行こう。
学生時代によく行った、大きな芝生の広場がある、あの思い出の公園まで。
きっと楽しいよ。
まぁ、君と一緒なら、どこに居たって楽しいんだけれどね。
でも、もうそろそろ。
君の笑顔が見たいかな。
もちろん君の寝顔が、とびきりにかわいいことには違いないのだけれど。
君に話したいことがいっぱいあるんだ。
病院の白いベッドの上で眠ってるだけじゃ、きっと退屈だろうから。
明日、もし────。
【明日、もし晴れたら】
世界が嫌いだから。
社会が苦手だから。
他人が怖いから。
だから、一人でいたいわけじゃなく。
自分の心が。
自分の元から。
今はひどく遠い位置にあるから。
それが帰ってくるのを待っている。
【だから、一人でいたい。】
「ねぇ、パパ。あの雲をじっと見てると、どんどん形が変わってくの」
「ねぇ、ママ。海って青いのに、バケツに入れると透明になるんだよ」
すごいねぇ。不思議ねぇ。
そう言って笑う、小さな娘の澄んだ瞳に映る世界は、きっと宝物のようなキラキラしたもので溢れている。
【澄んだ瞳】