雫は冷たい。
指先を近づけると、雫が指に引っ張られてポトと付く。指を引くと、雫の一部分が指に残ったまま、じんわり冷たさを伝える。元の雫を見ると、少し小さい楕円になっている。ここに小さな地球があると思うと、愛しくなる。
車窓にやわく叩きつけられた雫を見る。重さで落ちて、次々に静止する。雫たちは何でもないランダムな位置で静止するが、先に決められていたように迷いがない。雫が引きずられた跡に別の雫が合流する。さらに重くなる。またちょっとだけ進んで、迷いなく静止する。秩序だったような動きながら、生き物のような無作為の魅力がある。これに目があって、かわいく瞬きでもしていたら、私はそれを飼いたいと思う。金魚鉢に入れて、毎日餌をやって、いつか部屋をぎゅうぎゅうにするそれに包まれて寝たいと思う。
海の底ってエッチだ。
広くて深い、黒くて冷たい、未知に溢れた海の底。肌の表面を冷たさが包む。母なる海の下限。広さという大きさの尺度が持つ、爽やかであけっぴろんで無限な感じと比べて、深さというのは仄暗い魅力がある。危険だが魅力的。目を背けたくなる。褪せた黒に支配された世界。一寸先は闇。その先には多分、形の崩れかかった黒いタコや、腕くらい大きなぶつぶつ沼色の魚や、枯れ木みたいな花があるのだ。
空の美しさや宇宙の未知感と比べると、生活のそばにあって、嫌悪したくなる気持ち悪さが魅力的。これをエッチと言わずして……!
20歳
20歳になって変わることといえば、飲酒と喫煙、公営ギャンブルができるようになることが挙げられる。他にも養子縁組とか、大型・中型自動車免許の取得というやつもあるらしいが、その辺のことは難しくて私にはよくわからない。
最早18歳という節目の方が、変化が大きいような気がする。成人という肩書とか、選挙権とか、契約のあれこれとか。
飲酒も喫煙もギャンブルも、手を出すと人生に大きな悪影響、というイメージがある。だから、それらにすごく興味のある人にとって嬉しいことではあるが、自分にとっては関係ないような気がする。わからない。実際は興味が出てそれらに手を出すかもしれないし、怖いから一切やらないかもしれない。その選択肢が生まれることは、案外20歳になんらかの影響を与えるかも。
ちょっと前までは「ずっと子供のままが良いな」って思っていたけど、最近は「大人も結構楽しそうだな」と思う。大人になっても、童心は忘れなくて良いし、大人になったからといっていきなり難しいことを求められることはなさそう、と気づいたからだ。
小学生から中学生、中学生から高校生というように進学するときも不安は大きかった。中学生になると部活が厳しいよ、とか、勉強が難しくなるよ、とか。高校では生活のリズムがかなり変わるよ、とか、やっぱり勉強が難しくなるよ、とか、色々噂を聞いて怯えていた。しかし進学してみるとどうってことはなくて、変化するものについてはちゃんと説明があって、慣れる期間があって、難しくなる勉強も、それまでの勉強と地続きだった。だから意外と、大人も難しくないんじゃないかな、と思う。
三日月
実際に空に浮き出る三日月は、のっぺりとして、白くて、のもーんという顔をしていて、魅力に欠ける。あとなんか小さいし、電線とか家々に邪魔されてよく見えないというのもある。絵に描くような、ぐるんと巻かれた三日月は見られない。そんなに黄色くもないし。
大人になって、感性が豊かになったらあの三日月のことも、美しい、風情があると思えるんだろうか。だとしたら楽しみかもしれない。
まさにこういう三日月。→🌙
雪
雪を生で見たことがない。だから、想像上の雪を叙述してみることにする。
色は白。でも、人が踏んだり泥がついたりで、汚れそうな気もする。案外近くで見たら、灰色になるんじゃないか。新鮮で、基本の雪はやっぱり白だと思う。見たことがあるもので最も近いのはかき氷。夏の風物詩。
触り心地はふわふわだといいなあと思う。かき氷だったら、触れたらすぐに溶けてしまうので、空気を触っているみたいでつまらない。雪ならもうちょっと長く持ってくれそうな気がする。ふわふわにも色々ある。布団もマシュマロもふわふわだが、雪はそのどれでもない気がする。弾力は無さそうだ。思いつくふわふわのどれも雪には当てはまらない。じゃあ、ふわふわではないのだろうか。夢が壊れそうなので、触り心地についてはこれ以上考えない。
雪はどのように降ってくるのだろう。想像では、ゆーっくり時間をかけて、ぽと、と着地する。空中を降りる雪は、風に吊られてふらふらしそうだ。雨とはまるで違う。かわいい感じがある。
いつかは雪を見てみたいな。