わたゆめ

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1/18/2026, 7:44:46 AM

木枯らし

三連休は暴風で雪が降ったは降ったけど積もらなかった。
ありがたい。
今週はJCPZの影響で大雪。。。やめて!

1/16/2026, 10:49:03 AM

この世界は

美しくて残酷

1/12/2026, 3:06:36 PM

ずっとこのまま

三連休よ、明けないでくれ。。。ええええ"""

1/11/2026, 2:10:27 PM

寒さが身に染みて

昔、長野に住んでいたとき
天気がとてもよいのに太陽の熱が全く地上に届かないことを不思議に思った。
冷たい空気がダウンコートの隙間を突き抜けて刺してくるような感覚。
冷たいを通り越して痛い。

なのに、空は晴天だから脳がバグってしまう。

幼少期を過ごした日本海側は冬の間はずっと暗雲の空なのだ。
高校3年生のとき、通学時間の午前7時台はまだ暗くて朝日がなかった。
ガタゴトとサラリーマンたちと一緒にバスに揺られる。もちろん座る席はなくてつり革にぎゅっと力を込める。
『わたしたちは、なんでこんな箱に毎朝運ばれているのだろうか』と真剣に考えていた。
『なんのために大学受験をし、勉強しているのか?結局、着る服が制服からスーツに変わっていつまでも箱で運ばれるだけなのに。』と。

バスから降りれば、丘の上の学校まで徒歩で歩いて上って行く。
制服を着た生徒たちがアリの行列のように丘の天辺まで続いていた。

8時になっても外は暗くて、曇天の雲が見渡す限り。
地獄への道のように見えた。
重い教科書を背中に担いて、今日も学校へ行く。

軽く鬱っぽい思考になっていた。
日本海育ちには長野の晴れやかな寒空は悪くなかった。
本当に悪くなかった。
むしろ真っ白に輝く雪は美しくて勇気をくれた。

1/11/2026, 9:31:26 AM

20歳はたち

私は二十歳になる2週間前に世の中を知った。

「世の中では理由もなく嫌われることがあるのだ」と

「他人のことなどさして気にしていないし、困っている人がいても下手に関わりたくないものだ」と。

それは私には必要な知識で
乗り越えなければならない苦しみだった。

大学で合気道部に入部し、同期の女子は3人だった。
半年ほど経ってから、ある一人に嫌われるようになった。
関節技で畳をタップしても技を止めてくれなかったり、関節の固い私を嘲笑うようにため息を吐いたり、
逆に身体の柔らかい彼女は私の技をすり抜けるようになった。
話しかけても素っ気ないし、グループでいるときなんかは私を空気のようにいないものとして扱った。
目を合わせることもなければ、笑顔を向けることもない。

あからさまな態度に私は衝撃を受けた。
19歳にもなって、こんな小学生みたいなことをする人がいるんだと。

私は何をしたんだろう?
1日の中でそれを考える時間がどんどん増えていった。
周りの部員に私たちの不仲はどう写っているのだろうか?迷惑じゃなかろうか?

私は二十歳になる前に、彼女と会談の場をもうけることにした。

「私、なにかした?なんで避けるの?何が気に食わないの?」と。

彼女のアンサーはこうだった。
「してないし。先に避けて話しかけてこないのはそっちじゃん。」と。

話は平行線で何も解決はしなかった。

私は人生で初めてカウンセラーのカウンセリングを受けた。
大学には担任の先生なんていう相談機関はなかったのだ。

カウンセラーにことの顛末を話しきるとカウンセラーはこう言った。
「長年、カウンセリングをしていますが、
あなたの話しぶりはまるで親に嫌われた子供のように深刻な話しぶりですね。
友人一人に嫌われたくらいいいじゃないですか。
他に友だちは沢山いるんでしょう。」

冷たいような反応だったが、私の悩みはそれで吹き飛んだ。

『そうだよね。親に嫌われたわけじゃないもんね』と。

単純だった。

「理由もなく、人を嫌う人は沢山いますよ。
生理的に無理だったり、過去の出来事とあなたを重ねて嫌悪しているのかもしれない。
あなたが頑張って解決できるものではない。
これからはそういう人もいると受け入れて、そういう人とは関わらないように上手に距離をとりながら生きる方法を考えた方が有意義ですよ。」

「まわりが困っているあなたを助けてくれる、というのもあなたの期待なんです。あなたは勝手に期待して、勝手に裏切られたと思っている。普通の人は他人のトラブルにできるだけ巻き込まれたくないと思っているはずなんです。それが普通だと知った方がいい。そんな白馬の王子なんていないんですよ。」と。

そうなんだ。と悲しくもあり、当時の私には笑える回答だった。

『私は悪くない。みんなは彼女に振り回されている私に同情してくれているはずだ。さらっとスルーして楽しくみんなと過ごした方がスマートで格好いい。』
そう思うことにして自分を守った。

私はその一週間後に、考え方を改めて二十歳を迎えたのだ。

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