『モンシロチョウ』
祖母が亡くなった。哀しみの中お葬式やなにやらでバタバタとした数週間が過ぎ、一旦は元の生活に戻るも、そこから家族1人が居なくなった事を改めて実感した時、更なる哀しみが押し寄せた。
おばあちゃん子だった私は、いつまでも気持ちが沈んだままだった。そんな私をある日、祖父は散歩に連れ出した。
歩きながら祖父が言う。「人は亡くなるとその魂は色んなものに姿を変えて大切な人達の側に居るそうだ。時には風になり、時には雲になり、鳥や蝶や虫になる」すると何処からかモンシロチョウが飛んで来た。2人の間をひらひらと舞った蝶は、最後に私の右肩に降りた。「ほら、ばあさんが心配して見に来たぞ」私は蝶が飛び立たないように静かに動きを止めた。
『一年後』
「あのさぁ‥。最近太った?」そう彼から指摘されドキッとする。自分でも薄々気付いていたが、ついに彼から言われてしまった。付き合い始めた頃は彼好みになろうと体型を整え、化粧や洋服も変えた。が、同棲して互いに馴染むと、その辺が段々おざなりになった自覚はある。
「色々言ったところで、どうせおまえは変わる気なんかないだろう?でも、もしも変われたら俺がおまえの座布団にでもなってやるよ」‥何、座布団て。私が何も出来ないってバカにしてるんでしょう‥?許さない‥、本当に許さない。だったらこれから私は見違えるほど変わってやる!
彼と別れて一年後、駅前の広場で彼を見付けた。
私は勢いをつけて突進し彼を押し倒すと、あれから30㎏増えた体で遠慮無く彼の上に座った。
『明日世界が終わるなら』
ちょっと待ってください。どうして明日世界が終わるんですか?そんな事誰も言って無かったじゃないですか。急に言われても困ります。私は人生の最後の最後にすることがもう決まってるんです。それには時間と準備が必要で、明日なんてとても間に合わない。とにかく時間が掛かるし、お願いにも行かなければならないし。あれはね、丸のままよりサイコロに切った方が断然美味しいんです。で、味付けは味噌。1個なんて全然足りない足りない、ご飯がわりに私だったら5個はいけますよ。だから私は何としてもそれを食べなけれはいけな‥
え?違う?ああ‥もしもの話しでしたか。いや~勘違いしました、あはははは」
交差点で信号待ちの間、ビルの壁にある大きな液晶テレビに映ったインタビューを見た。この人は一体何が食べたいのだろう‥。青になった信号に一歩踏み出すと、周りから丸‥サイコロ‥味噌の単語がザワザワと聞こえてきた。
『耳を澄ますと』
一人暮らしも2年目になった。仕事と遊びに忙しい毎日、気付けば部屋が物で溢れかえっている。昨日から丁度大型連休に入ったのを機に、私は部屋を片付ける事にした。
冬物をようやくクリーニングに出し、必要な掃除道具を買い込み家に帰る。要らない物をどんどん捨て掃除をし、夜までにはなんとか片付けを終える事が出来た。1日動いて疲れた私は早めに布団に入った。
何処からかシュー‥という音が聞こえる。最初、耳を澄まさないと聞こえないほどの小さな音が徐々に大きくなっていく。それが部屋の押し入れからだと分かると、私はビックリして飛び起きた。何だろう!?怖くてこのままじゃ寝られない。意を決しておそるおそる押し入れを開けてみると‥
閉めが甘かったのか、今日圧縮した布団袋が自力で戻っていた。
『優しくしないで』
新しい美容室を開拓したく先輩に相談すると「じゃあ、私の行きつけはどう?」と紹介された。特にシャンプーがお勧めだと言い、担当2人の内、先輩のお気に入りはメガネさん。「頭をガシガシ洗うあの力強さが気持ちいいのよ~」と大絶賛だ。
早速予約を入れて行ってみる。運良くシャンプーはメガネさんになった。なるほど、先輩の言った通り力強い。だが私には強過ぎて、とんでもなく痛い。
「どこか痒いところはございませんか?」に、もう少し優しく‥とは言いにくく、痛みに耐えた。
数ヶ月後、また同じ美容室へ行く。シャンプー担当はもう1人の女の子だった。良かった、今日は痛く無いと暫く安心して身を任せていたが、その内気付く、洗い方が優し過ぎる‥。撫でる様に洗う気持ち悪さに耐えつつ、私はもうこの美容室には来ないと決めた。