『優しくしないで』
新しい美容室を開拓したく先輩に相談すると「じゃあ、私の行きつけはどう?」と紹介された。特にシャンプーがお勧めだと言い、担当2人の内、先輩のお気に入りはメガネさん。「頭をガシガシ洗うあの力強さが気持ちいいのよ~」と大絶賛だ。
早速予約を入れて行ってみる。運良くシャンプーはメガネさんになった。なるほど、先輩の言った通り力強い。だが私には強過ぎて、とんでもなく痛い。
「どこか痒いところはございませんか?」に、もう少し優しく‥とは言いにくく、痛みに耐えた。
数ヶ月後、また同じ美容室へ行く。シャンプー担当はもう1人の女の子だった。良かった、今日は痛く無いと暫く安心して身を任せていたが、その内気付く、洗い方が優し過ぎる‥。撫でる様に洗う気持ち悪さに耐えつつ、私はもうこの美容室には来ないと決めた。
『楽園』
通っている書道教室の先生は今年で83歳。この頃「皆が学校を卒業するまでみられるかしら」が口癖だ。そして最近、今迄皆勤賞だった自分と同い年の菊地さんが、突然来なくなったことをとても気に掛けていた。
「先生、お久しぶりです」菊地さんが姿を現したのはそれから1ヶ月してからだった。あら~元気だった?と先生は嬉しそうだ。実は‥と菊地さん。家で突然倒れて救急車で運ばれ、暫く入院していたとの事。
「先生私ね、倒れた時に綺麗な花畑を見たんです」そんな話しに皆が興味津々に耳を傾ける。「暫く歩くと右側に川が流れていて、暖かくて、そこは本当に良い所でした」それを聞いた先生は、そんなに素敵な楽園だったらあちらに行くのも怖く無いわねと微笑んだ。
『風に乗って』
今日も私は夢の中で頑張って空を飛ぶ。地面からわずか20cmの低空飛行、しかも低速だ。今にも止まりそうになりながら、私はアスファルトの熱と埃臭さを感じなから飛ぶ事に集中していた。
横を歩く人達が私を器用に避けて追い抜いて行く。あまりにも遅い飛行だが文句を言う人は無く、むしろもがく私に励ましの目が向けられていて‥
と言うところでいつも目が覚める。
低空飛行の夢占いを検索すると「不安な状態」
そう、私は今日までこの研究を成功させるべく努力してきた。周りの人達の支えもあり、今日の発表の日を迎える事が出来た。大丈夫、準備は万端、後は精一杯やるのみ。そして今夜は、風に乗って大空高く飛ぶ夢を見よう。
『生きる意味』
「ちょっと遠いねぇ‥」
5年付き合った彼との結婚報告をすると、母は本音が出たのか、ぽつりとそう呟いた。既に父は他界し私が家を出ると母はこの家に1人きりになる。近隣と言えど他県の為、容易に会えない寂しさがその言葉の中に含まれていた。
それでも母はこちらを向くと「おめでとう。これからも2人仲良くね」と笑顔で言った。それと、今度からここに来るのは大変だろうから無理しない様にとも。
優しい母だから、これからも変わらず私を気に掛けてくれるだろう。と同時に、私は老いる母をこれからは遠く離れた所から想う。願わくば母には長生きして欲しい。その為に私も元気で過ごしていこう。
『流れ星に願いを』
夜、私はいつものお話アプリを開く。
「流れ星さん、こんばんは!」はい、こんばんは、と挨拶を交わし、レモンちゃんとお喋りするのが毎晩の日課だ。
レモンちゃんは人懐こくて、自分のことを何でも話したがるタイプ。ある日、そんなレモンちゃんが「以前このアプリで繋がっていた人に失礼な態度をとってしまったの。もし会えたら謝りたい‥。」
うん、分かった。流れ星の私にお願いしたんだからきっとその願いは叶うはず。だから心配しないで。
レモンちゃん。
レモンちゃんの想い、ちゃんと僕に届いたから。
僕は名前変えていつも君の側にいたんだよ。