『たった1つの希望』
このうどん屋もそろそろ50年。
ばあさんと2人必死で働いて来た甲斐あって
連日客足の絶えない店になった。
だが体力の衰えには逆らえず
近々店の進退を決めなければならない。
そこでふと思い出したのが孫の悠人だ。
小さい頃は店によく食べに来てくれた。
うどん嫌いの1人息子とは違って
「ぼく、つるつる大好き」
「大きくなったらぼくもお店屋さんになる」
と言っていた。やっぱり悠人しかいない。
たった1人、じいちゃんの希望の光は悠人だけだ!
「もしもし、あ、お義父さん、ご無沙汰して
おります。はい‥皆元気にしています。
え?悠人ですか?悠人は随分前に学校を卒業して
今は念願のそば屋になりました」
『列車に乗って』
今日は列車に乗って何処へ行くんだろう。
お父さんが電車好きだから家に沢山電車の本が
あって、それを見ていたお兄ちゃんも電車が
大好きになった。でもゆいはそれほど好きじゃ
無い。まあ、嫌いでもないけど。
今、3人で列車に乗っている。
何度も駅に停まって、乗り換えをして
さっき走る景色を見ながら駅弁も食べた。
さろそろ2時間経つけどまだ着かないの?
お父さんに聞くと
「今日は色んな列車に乗って、色んな線路を巡る
旅だよ」と言った。
え‥それだけ?
夕方家に着くと、家で待っていたお母さんに
お兄ちゃんが
「今日は1日色んな所に行って楽しかった!」
でもゆいは、今日は1日何処にも行かなかった!
って言ったの。
『現実逃避』
さあ、急げ急げ。時間は15分しかないぞ。
僕は特別なスーツに身を包み、銀の四角の中で
モジーを使って白い大きなマイを35個に分ける。
最初、均等に分けるのが難しかったが
一週間もすると慣れて難なく出来るようになった。
出来上がったマイの塊を丸い入れ物に1つずつ
入れればミッションクリアだ。
後残り2つ‥になった時、後ろからオヴァの
「スギー!何してるの!?」の声が聞こえた。
「杉井君!何してるの!?
お皿にご飯をよそう時はしゃもじを使って
もっとこうふんわりと‥」
大場先生は呆れながら僕に言う。
それを側で見ていた同じ給食当番の凜が
「杉井また何処かに逃避してたんでしょ。
早く現実に戻って」と笑った。
『君は今』
スーパーの駐車場に車を停めると
入り口から子供達の声が聞こえて来た。
今日は近くの小学校の校外学習らしく
児童が行き交う人々に何か話し掛けている。
「3年生の総合の授業で、暮らしと
リサイクルについて勉強しています」
先生に促され側に来た女の子は
おどおどしながら私にパンフレットを渡した。
『美しい景色を未来に残すために今出来ることを』
パンフレットにはそう書いてあった。
そうだね‥。
君達は今、出来る事を頑張っていると思う。
知らない大人に話し掛けるのって勇気いるからね。
『小さな命』
今日は小さいお地蔵の帽子を新しい物に替えた。
子供がいないのでベビー用品を買うのはこの時
ぐらいだ。
義母がいた頃はお地蔵様の掃除とお参りが
2人の日課だった。
義母は中々子宝に恵まれない私の心中を察して
「大丈夫。こうしてお参りするとあなたにも
知らせが来るからね」と言った。
何となく聞けずにいたが、知らせって
何だったのだろう‥。
そんな事を思いながら今日も最後にお参りをする。
目を開けると何故か付けてもいないろうそくに
火が付いていた。
これは‥?もしかして‥?
もしかすると‥!
後日検査すると、私に小さな命が宿っていた。