『誰よりも』
昔から自分の声の小ささは自覚していた。
普段の生活に支障は無いが、大きな声を
出す場面では出来ない自分が辛かった。
「お願いします!」
部活始めは体育館の入り口で1人づつ
先輩のOKが出るまで挨拶を繰り返す。
同級生が一発でクリアする中
私は何度やっても駄目だった。
聞こえない、それが理由だったが
精一杯の声を出しても言われるので
辛くて涙が滲み、声は益々小さくなった。
まるで自分の全てを否定されたようで
その場からいつも消えてしまいたかった‥
今、私は老人ホームで働いている。
入所中のマツさんが
「あんたの声は誰よりも優しいなぁ」
と言ってくれる。
私はその言葉が嬉しくて涙する。
『10年後の私から届いた手紙』
ある年の年末、
ぼくに不思議な手紙が届いた。
「よう、元気か。
俺は10年後のおまえだ。
トランプの貧民で大富豪になるだけで
大喜びするおまえに、今日はいい事を
教えてやる。
大きくなったら第36回有馬記念
ダイユウサクの単勝を買え。
100円で1万3790円
1万で137万円
100万買えば1億以上だ!
分かったな?
じゃあ、ヨロシク!」
何これ?
ありうまきねんって何?
ダイユウサクって誰?
どうして100円が1万円になるの?
こんなわけのわからない変な手紙
ぼくいらない。
『バレンタイン』
今日の為に十分準備はしてきた。
先輩の好きな物や好きな事、
隣の席の太一にそれとなく聞いて。
同じサッカー部の2人は部活後
いつも一緒に遊ぶらしい。
それを翌日私に話して聞かせる。
そうなんだ~、って相槌を打ちながら
先輩のことを聞けるのが嬉しい。
先輩の好きな緑色でラッピングした
チョコを持って玄関の柱の陰で
ドキドキしながら待つ。
今日も遅くに太一と出て来た先輩。
2人仲良く手を繋ぎ肩寄せあっていた。
「え‥、それは聞いてないよ‥」
私は後ろ手にチョコをそっと隠した。
『待ってて』
不登校になった。
暫く保健室登校していたがそれも辞め
最近は日中、市立図書館へ行っている。
最初こそ周りの目が気になったが
今はもうあまり気にしていない。
そこに行けばあの子に会えるから。
境遇が似ていて歳も一緒だ。
2人で居ることが心地いい。
何をする訳でもないが
1日があっという間に過ぎる。
帰り際、いつもの挨拶をする。
「明日も待ってるね」
「明日も待っててね」
そう言える幸せ。
言ってもらえる幸せ。