煮えたぎった目が捉えているのは、私ただ一人なのだろう。彼の感情を煮詰め、煮こごらせたのは他でもない自分だ。殺したいほど恨まれているのだろうと言うのに口元が言うことを聞かずにゆるむ。
この安っぽい物語は私の死をもって幕を下ろす。しかし、主人公側のような有終の美は飾れないだろう。私に与えられた役は悪だ。主人公が私を恨みながら生きながらえ、私を断つことでそれまでの苦労が報われるという王道的なシナリオ。勧善懲悪というのは、いつの時代も万人に好まれる娯楽の最たるものだ。
私はそのための舞台装置として生まれたのだから、この結末も致し方ないだろう。
クライマックスに相応しい激闘の末、彼の渾身の一撃が全身を襲う。ああやはり痛いなと顔を顰めるとふと視界に入った哀れみの目。
「ごめん」
そう耳元でつぶやかれた声は何度も私を断つ役目を与えられた主人公で、お互い嫌な役割を与えられてしまったなあと笑って、遠のく意識の中でくちびるを動かしたが、果たして届いただろうか。
今日もまた、どこかでページをめくる音がする。読者が物語を辿るたび、私たちは宿命として出会い別れるのだ。すべては作者と読者のために。
【それでいい】
むかしから仕舞い込むくせがあった。だれにも知られなければ私だけの思いをだれかと共有して安いものにしなくても済むからだ。
最初のころ、家の敷地以外のところに隠していたら、ある日突然工事現場となって立ち入りができなくなった。私が隠していたものはむざんにも掘り起こされ、名もなきゴミとして集積所の一部となったのだ。いくつ歳を重ねても、街中で工事業者の名前を見かけるたび、あの日のことが乱暴に呼び起こされ、口の中が苦くなる。
それからは一等だれにも触れられたくないものは、隠し場所にいっそう気を使うようになった。何度も何度も隠しては失う経験をしていくうちに、安全なのは意外にも自分の部屋の中であることに気づいた。灯台下暗しとはまさにこのこと。
そうやって大切なものを大事に大事に隠してきた私が、大切なものをだれかに見せるようになるなんて誰が予想しただろう。
足元に擦り寄ってくるちいさな生き物の喉をくすぐるとゴロゴロと音を立てる。ふわふわとした毛並みのこの子と出会ったことで一変し、今ではそれが私の生き甲斐となっている。
スマートフォンの容量を圧迫しつつある写真は、私のちいさなコミュニティの一端を担い共通の話題となりつつある。
「あんなに近寄りがたかったのに」
「本当に見る影もないよねー」
「人生何が起こるかわからないよね」
古い友人たちのわざとらしい言葉も、愛猫を可愛がるのに忙しい私の耳には留まらず、素通りしていった。
【大切なもの】