いちめんのあをくさ
みどりのにほひ
なのはなのきいろ
つめくさのしろ
ちょうちょのやうなまめのはな
かぜはまだすこしつめたひけれど
ひのひかりはやはらかくあたたかだ
とおくにはつくしをとるひと
ひろびろとした三がつののはら
おがわのきらめき
しろっぽくかすむそら
はなあぶのかすかなうなり
やまばとがいさましくさえずっている
おうい みんな はるだぞう
命に小さいとか大きいとかがあるのか?
誰も命を見たことはないのに
その大きさが分かるのか
虫のは小さくて
人のは大きいのか
ナナフシなんか種類によっては
二十センチくらいあってかなりでかい
クジラは八メートルかそこらはあるが
鏡のような目をしているぞ
生まれたばかりの赤ん坊は
重くて軽くて不思議なあたたかさ
コンビニでバイトの打つレジに舌打ちをするおっさんと
駐車場に停まったSUVの窓から顔を出しているチワワ
アスファルトの上で羽毛の肉煎餅になった鳩
どれも同じ命
生ゴミにはカラスよけのネットを掛け
不細工な猫の動画を見て笑い
オフィスに観葉植物を飾り
雑草には除草剤を撒く
保健所で処分される犬
ペットショップで売られる犬
絶滅危惧種と特定外来生物
狭い部屋で安物のカップ麺を食う俺
その部屋の埃の中に潜んでいるダニ
だらだらスマホをいじっているお前
真っ暗な深海で音もなく輝くクラゲ
地球という星の表面にへばりつく生き物たち
果敢なく壊れやすく逞しくてしぶといやつら
命は同じ重さ
みんな同じ命
口は
食べものと飲みものが入るところ
言葉が出るところ
目は
光が入るところ
そして
何かが出るところ
あなたの目から出た何かが
私の目に飛び込んでくる
それがなんだか眩しいような
痛いような
とにかくそれが耐え難くて
私は目を伏せてしまう
なんて容赦ない目をしているんだ、あなたは
まぶたのふちに半分隠されていても
いささかも弱くならないあなたの瞳
柔らかくよく動くあなたの口とは大違いだ
その唇の優しさと
その目の烈しさが
不思議と調和するあなたの顔
あなたの表情は
傲慢なまでの若々しさと
残酷なまでの無邪気さを備え
あなたの視線は
太陽光のように私の目を脳まで射抜く
私は目を伏せる
尖ったものを避けるように
目の痛みを避けるために
あなたの口から出る言葉は優しく
あなたの目から出る何かは激しいから
私の年老いて黄ばんだ両目には
その両方ともが眩しすぎるから
配送員なので
毎日何がしか届けている
届けて金をもらっている
運んで金をもらっている
だから言葉くらいは宙に投げる
誰も受け取らなくていい
ただ風に吹き散らした綿毛のように
どっかへ飛んでいけばいい
あるいは川に投げこんだように
さらさらと流れていけばいい
もし誰か拾ったなら
誰かの目に入ったら
誰かの耳に入ったら
それはそれで構わない
俺の知ったことじゃない
金ももらわない
仕事じゃない
自由にやるんだ
わずかばかりの自由だ
言葉で遊ぶ束の間の自由
自由には果てがない
目的地もない
自由であることそれ自身が目的だから
どこにも届けない
どこへも送らない
ただ宙に放り投げて
それっきりにする
まあ
誰かがこれを読んで
面白いと思ったなら
それはまあそれで
悪くはない
かもしれない
スタンダール症候群という病気があるそうだ
なんでも、とあるフランス人が
(たぶんスタンダールというのは彼の名前だ)
晴れてイタリアに初めて行った時
建物や絵や彫刻があんまりきれいなので
めまいを起こしてぶっ倒れたのだそうだ
おかしな話だ
あんまりおっかなくて、なら分かる
あんまり驚いて、ということでも分かる
しかし、あんまりきれいなのでめまいがするとは
よっぽど繊細な感受性の持ち主だったのか
きれいなものを見て
そのきれいさを言葉でほめられるうちは
好きなものを見て
どれだけ好きなのか言葉にできるうちは
大したことがないのかもしれない
しかしまあ
きれいなものが目に入るたび
好きなものに向き合うたびに
ぶっ倒れるわけにはいかないから
ほどほどのにぶさがあるほうが
暮らしやすいのかもしれない
それとも
いつか
ほんとうに
一眼見てぶっ倒れてしまうような
美しいものが
愛しいものが
いつか見つかるのだろうか
その日が怖いような
楽しみなような
おかしな話だと思う