私はもう永くない
これといって病気がある訳でも無く、身体は今日も通常運転だが、なんとなく、そんな予感がするんだ。
ただ、毎日、着実に、寿命が減っている感じがするというだけ。実際、減ってはいるだろうから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
…せめて、いつこの世界から消えるとしても、後悔の無い様に、生きようと思う。
度々、結局いつか死んでしまうのなら、いっその事早く死んでしまった方が良いのでは無いか、と思う事がある。
それでも私が生きているのは、この世界に文学があるから。
本を読もうと思う。数え切れないくらいの本を。そして自分の世界を広げる。
まだ私には語彙や表現方法が少ない。義務教育ももう終わりに差し掛かっているのに、習った漢字を全ては書けない。
私よりもひとつ下の女の子が、書いた小説を見せてくれた。それを読んだ瞬間、えも言われぬ高揚感に包まれた。私の書く小説よりもよっぽど面白かった。一般語彙に絞って書いてくれたんだそうで。彼女の表現力はそのままに、読み易い文章に仕上がっていた。学校という空間をああも読者に飽きさせず描写できるという事に感動した。
いつか絶対にものにする。彼女の表現も、数々の文豪の表現も、全ての文学を取り込んでみせる。死ぬのはそれからでも遅くは無いだろう。
「おにぎり」
今回は少し、お題を貰って考える過程を書こうと思う。
(メモ)
おにぎりというのは、お米を塩など付けた手で握って、海苔を巻いたりして食べる物である。
これが、何とも言えぬ美味しさがある。茶碗に盛った米に塩振って海苔をのせるのとでは全然違うのだ。
不思議な事にその本質はよく分からない。
単純明快に見えて、何処からとも見えない旨みが染み込んでいるのである。
単に考えるのが面倒だというのもあるだろうが。
手間と、見えない所でのその手間の作用が、おにぎりの特別感の本質と言えよう。
似たような物を考えてみよう。
やはり手間というのは一般的に努力だろうか。
だとするなら一般的を避けるのがこだわりであるので、
ここは“不可抗力”と行こう。
強迫観念や個人的なモットーか何かで良いだろう。
例えば…「雨の日に傘をささずに歩く人」。
何が例えばなのか全く以て分からないが、別に構わない。
“雨の日に傘をささずに歩く”とどうなるか。
まず、間違いなく濡れる。
そして涼しい。季節によっては寒い。
風邪をひく可能性がある。
視界が悪い。
パッと見自由だが不自由。
それによって何が起こるか。
髪肌服靴全てが濡れる。
体温が下がる。
涙を隠せる?
風邪をひける。
目に水が入る。
視界がぼやける。
では逆に、“雨の日に傘をさして歩く”とどうなるか。
傘が雨を弾く。
傘が他から自分の姿を隠す。
傘で手が塞がる。
守られているが不便。
(ストーリー)
雨の日に傘をさして歩いていた。
(デートか何かの前でも良い。)
すると、傘をささずに歩いている人がいた。
風邪ひくだろうに、と思ったが、その姿が自由に見えて、綺麗に見えて、傘を閉じてみた。
案の定、濡れるし、寒いし、髪がびしょ濡れになって、滴る水が顔を伝って目に入る。
(その後デートに向かって振られても良い。)
何となく、自由になれた気がした。
前よりは確実に、悪い方に行ったのに。
(本原稿(途中))
また、一歩踏み出す。水溜まりから跳ねた雨水が、足首を濡らした。
せっかく綺麗に埃なんかを取って来たのに、雨の日はこれだから。それでも、今水浸しの道路を歩いているのは、紛れも無く、これから喫茶店へデートに行くからだった。僕も彼女も雨は嫌いだったが、お互いの事がそれ以上に好きだったから。窓から見える景色はきっと、紅葉が至る所を緋色に染めている……なんて綺麗なものでは無いだろうが。
横断歩道の手前で、信号が赤に変わったので立ち止まった。水溜まりを避け、点字ブロックを踏む。片手で携帯を取り出して、時刻を確認し、直ぐにまた仕舞う。約束の時間には到着出来そうな事にホッとしていた。
恋が分からない。
他の人なら愛する程でも無いだろうに、その人だから愛を感じる、なんていう現象の事だろうか。
ならば私は文学に恋をしている。
向いていなくても、諦めたくは無いし
上手くいけば、一日中気分が良いし
傍に文学があるだけで、幸せになれる。
恋……
#10
初めまして、お元気ですか?
私は元気です。
別に、貴方の体調がどうであろうと、
これから話す事は、二言も変わりませんが。
お話を始める前に、
エントランスへどうぞ。
こちらです。足元に気をつけてください。
段差がありますので…。
えぇ、あと二歩ほど進み、
入ってきた扉には鍵をかけてください。
そう、そして、鍵を、壊してください。
回す部分を外せば良いですよ。ペンチはこち
らです。
バキッと、折るのでも構いません。
はい、よく出来ました。
そして残念な事に、貴方は閉じ込められてし
まいました。
騙したのかと聞かれると、
そうですね、
そんなに簡単に人を信じる方が良くないのだ
と思います。
貴方は言われるがまま、鍵まで壊してしまっ
たじゃないですか。バキッと。
私が良い人に感じられましたか?
ふむ、悪い人には感じられなかった?
そんなものは幻想です。
今までだって、ずっと、間違えてきたでしょ
う?
だから貴方は閉じ込められているのです。
まぁ、そう気を悪くしないでください。
この空間はエントランスだけでは無いのです
。
途中で辞めたくなった場合でも、簡単には終
われないと思いますが、
ちゃんと最後までご案内しますよ。
さぁ、扉を開けてください。
さて、ここはどこでしょうか?
そんな事は見れば分かりますよね、
和室です。
窓が無いと言いましたか?
そんなもの、低階層にはありませんよ。
言ったじゃないですか、閉じ込められたのだ
と。
さて、では今から、畳をボロボロになるまで
、切りつけてください。
こちら、包丁です。足元に置いてあるので、
気をつけてお取りください。
えぇ、それでザクッとやっちゃってください
。
ふふ、
その調子ですよ。
頑張ってください。
よく切れていますね。
それでは、
辺りを見回してみてください。
酷い有様ですね!
貴方のせいです。
また同じ事を繰り返しましたね。
いったいどうしてでしょうか。
そんなにめちゃくちゃになりたかったんです
か?
理解できませんね。
まぁ、おめでとうございます。
もちろん引き返しはさせませんが、
次の場所へ案内してあげましょう。
さぁ、ドアを開けてください。
ここは台所です。
これも見ればわかるでしょうが、
何かと心配な貴方に、私が一応、教えておい
てあげましょう。
ほら、ここには包丁。ここにはまな板。ここ
にはラップ。ここには冷蔵庫。
確認できましたか?
ほう、そんなの最初から分かっていたと?
果たして、それは本当に信じられるのでしょ
うか。
貴方はまた過ちを犯すのでしょうか。
気をつけておいた方が良いのでは無いですか
?
そう、
分かればいいのです。
ではここでは、好きな料理を作ってください
。
どうかしましたか?
ただ、料理を作るだけです。
普通の事でしょう?
誰も、壊せとか切りつけろとか、言っていま
せんよ。
ほら、早く作ってください。
食材は冷蔵庫に入っています。
「扉の向こうに、何があると思う?」
「ありふれた食材? それとも絶望?」
トマト、卵、
貴方は今食べたい物に忠実な様ですね。
…
えぇ、
なかなかの腕前ですね。
ですが、
少し時間がかかっていませんか?
いちいち、全てを疑っていませんか?
何度も何度も手を洗うのをやめてください。
冷蔵庫を開け閉めするのをやめてください。
やめてください。
鬱陶しいので、
やめてください。
…
さぁ、完成しましたか?
それは何ですか?
オムライスですか。
見れば分かりますが。
少し食べてみますね。
…
あぁ、これはいけない、
とても甘い。
ちゃんと確認したんですか?
味見程度もやっていないんですか?
砂糖と塩を間違えているようですが。
また私が騙したんだ、と?
そんなはずないじゃないですか。
貴方の間違いですよ。
それにこれは、
それほど重要な事では無いはずですが?
本当に、理解できませんね。
ではもう一度、ここで料理を…
おや、
次の場所に行きたいのですか?
ここには居たくないと言うのですか?
仕方ありませんね。
次の場所へどうぞ。
さぁ、ここは居間です。
特に何もして欲しい事はありませんよ。
ゆっくり過ごしましょうか。
…なぜ、貴方は、そんなにも警戒しているの
ですか?
私のせいだと言うのですか?
私はそんな事したくありませんが。
貴方はそうやってすぐ責任を押し付ける癖を
直した方が良いですよ。
はぁ、
私が話している時にも、テレビ、ソファ、ク
ッション、、
そんなに気になりますか?
どこかに包丁でもあるのでは無いかと、考え
ているのですか?
もうそんなことはやめて、休みましょう。
カーテンを閉めたりしないで、電気を消した
りしないで、
こんな事をしていないで、
休みましょう。
私は疲れたのです。
身体を休めてください。
…
意識が薄れゆく
…
。
ここは…
寝室ですか?
ベッドがあります。
枕があります。
布団があります。
パジャマがあります。
暖かな匂いがします。
ここは、寝室の様です。
そうですか。
そうですね。
ベッドがあります。
ベッドが。
枕が。
布団が。
パジャマが。
あります。
そうなのですね。
見れば…
分かります。
…
ここは
…
どこでしょうか?
とても暗いですね、何も見えません。
もしかして、また、
私が何かをしてしまったのでしょうか?
何があったのでしょうか?
分かりません。
確かめ無ければ、
ならないのです。
…
朝になりました。
ここは、
普通の、
正真正銘の、
寝室でした。
ですが、
とても、疲れてしまいました。
…
居たんですか?
貴方。
そりゃあ、居ますか。
…
引き返す事は出来ません。
後悔は役に立ちません。
それでも良いのですか?
どこか次の場所へ行くのですか?
貴方は、
どうして、
この場所を進もうと言うのですか?
何を信じようと言うのですか?
全て抱えて行くのですか?
理解できませんね。
全部、
貴方のせいです。
だから、
仕方ないのです。
電気を消しましょう。
もう何も見たく無いのです。
貴方をここに閉じ込めた時から、
ずっと、
後悔していたのです。
私は、
ありもしない希望を追いかけて、
ここまで来たのです。
本当は、
ずっと一緒だったのだから、
分かるんです。
貴方が壊したいのは、畳なんかじゃない。
貴方が作りたいのは、オムライスなんかじゃ
ない。
本当は、
本当は、
貴方も疲れているのでしょう?
ほら、
次の場所も、
私が決めましょう。
これだけは私のせいです。
けれど
きっと気に入るはずです。
だから、
窓を開けるのです。
貴方が、
この壊れた空間から、逃げ出す為に。
…
拝啓:私
本日はお日柄も良く
風が気持ちのいい、素晴らしい日ですね。
これから起きる全ての事が、
いい事であるような気がします。
いずれまた会いましょう。
#9
食欲減退の秋が来たあ
……
と言うけれど実際は、年中減退中なのである
道を歩いて思う事、
まだ葉は緑であったが、
だからこそ詰まらない。
死にゆく姿こそが人々の心に入り込み、
逆に生き生きとしている姿は、
根の曲がった奴等には見向きもされない。
それが桜であれ紅葉であれ人であれ。
恋をしている貴方に問おうか
その人は生き生きとしていますか。
#8