【1年前】
1年前の今日。私は彼に告白をした。結果はあっけなく振られてしまったけれどここで会ったのならば私の空気に飲まれて欲しい。
「君が好きだと言っている。」
「断ったはずですよ。」
シナリオ通りに進む劇。私はこの歳下のエースに惚れている。小学校が同じで一度引っ越してしまったけど高校でまた会えたんだ。ここは演劇部。私が王子で君が姫。あべこべで可笑しくて楽しげな世界。君はどれだけ飲まれてくれる?
「僕は貴方の姫にはならないですよ。」
「守られるのは嫌いなんだ。」
「大人しく、守られて。」
手で目を覆い仮面をつけた私の姫は静かに私を抱き寄せる。私は本当は王子の役をするはずだった。こいつがいるから私は姫になる。王子の次の見せ場役。姫をするなんて柄じゃない。昔から演劇が好きでよく姫とごっこ遊びをしていたけれど私はずっと王子だった。あべこべで可笑しい。
「私は姫なんかじゃない。」
「いや、立派なお姫様だ。大人しく僕の瞳に吸われて惚れて守られて。」
どこまでが演技? いや、どこまでも演技。これだけは本当
「君を姫にしてみせる。」
「必死に足掻いて下さいね。僕の王子様。」
これは私が姫にならないための勝負かもしれない。
【好きな本】
今日は曇りだから図書館へ行こう。昨日は晴れだったから図書館に行った。明日は雨だから図書館へ行く。好きな本を毎日見つけるために。僕の頭の中の好きは毎日更新されていく。好きを見つけて栞を挟んで記憶する。読んだ本は沢山あってもずっと読み続けられるのはこいつだけ。そう思って取り出した本は少し古めの推理小説ではなく、誰もが読みやすいプリンセスが出てきて幸せになるお話だった。意外だ、と思われるかもしれない。けれど、夢があるなってときめいてしまったから仕方ない。気持ち悪いと思われても仕方ない。それでも、面白いならいっか。とりあえず僕は好きのためだけ。図書館へ行こう。
【あいまいな空】
今日はあいまいな空ですね。晴れでもなくかといて雨ですらない。あいまいなお天気ですね。私はそんな日がなんとなく好きです。そりゃ、少しだけ頭が痛くなったりして殺してやろうか呪ってやろうかという怨念マシマシな気持ちにはなりますけれどちょっと楽しい日でもあります。なんてったって寒いからと言って貴方がいつもより少し近い距離で歩いてくれるから。からかわれてしまった時の言い訳はいつも
「そこに湯たんぽがいたからだ。」
です。そんなことにニコニコして今日も私は隣で
「何笑ってんだよ。」
そんな調子で怒られてしまいます。嬉しいくせに、ね。
「なんでもないですよ。」
【あじさい】
あじさいがさきました。とてもきれいです。
ぼくのまわりではあめでこわくなっちゃうひともいるけれどみんなやさしいです。
そのおこったひとたちもあじさいを見たらげんきになります。
そんなことを書いたのがもう二十年前の話。あの時は知らなかった。なんで、怒っていたのか。雨だから? 違う。花の匂いが嫌いだから? 違う。両親は梅雨が終わる季節に離婚した。俺は母さんについて行った。暗黙の了解で円満離婚ってことになってる。絶対違っただろ。紫陽花が咲く季節には思い出す、その時のこと。今とは比べものにならないくらい怒っていた、母さん。その後何年か経ってから再婚した、母さん。あの時、きっと元気になってくれたのは俺が紫陽花を見て笑顔になったからなんだと思う。二人は俺を好きだった。俺も二人が好きだった。けれど、二人の間に愛はなかったらしい。父さんは男が好きで母さんは俺を育てるために必死だったからそんなこと理解する暇さえなかったんだ。折り合いが付けられず喧嘩、喧嘩。今、言うには「今は気持ちがわかるんだけどね。」なんて。嫌じゃなかったのか、なんて今更すぎる。それでも、再婚相手ができたんだ。母さんを愛してくれて俺を本当の息子のように思う人。虫を見せても花をあげても喜んでくれた人。父さんもそうだった。きっと、あの頃何も分かっていなかった俺はこんなことになるなんて想像出来てなかったと思う。何食わぬ顔で再婚相手になる男をただの遊び相手くらいにしか思っていなかった。母さんは何年も頑張っていたと思う。支えてくれる人がいるにしろ俺を愛してくれた。だから、曲がらなかったんだ。
紫陽花が咲きました。とても綺麗です。
俺のことを愛してくれてありがとう。恩返しになるか分からないけれど俺はきっと幸せになるよ。
いつか、虫を見せられて花をもらって喜べるように。
「結婚おめでとう。」
【好き嫌い】
僕が好き嫌いをするのはその度に君が叱ってくれるから。君が僕を叱る時はいつも仕方なさそうな顔してなのに、愛おしそうな顔をするんだ。
「野菜好き嫌いあんまりよくないよ!」
「いいじゃん、別に。」
決して否定することは無かった。だって、彼女も好き嫌いがあったから。彼女が食べれないものを無理矢理僕の前では意地っ張りに食べているのを知っていた。少し大きくなってからは
「この人苦手だな。」
「人前で悪口言わないようにね。」
これだけ。彼女は上手く生きる術を知っていた。いや、知らされていた。高校になって気づいたんだ。なんで、彼女がこんなにも俺の事、自分、彼女自身のことを守るのか。小学生の頃は気づけなかった。中学生の頃は見て見ぬふりをした。高校生は気づくしか無かった。
「痣、増えたね。」
「もう、わかっちゃうか。」
守るための好き嫌い。守られるための好き嫌い。俺が彼女を守るため。彼女に俺を守ってもらうため。大人しそうな顔をして今日も好き嫌いをして生きる。彼女の顔を窺いながら。