勇者よ、じきに終わりを迎える貴様に言いたいことが幾つかある。なに、長くはかからんさ…その代わり、必ず最後まで聞きたまえ。
「……」
まだ始まってもいないのに寝るんじゃない。ほら起きたまえ。
……さて、何から話そう?
そうだ、私と君の馴れ初めなんてどうだろう。あれは実に激情的だった!それはまだ、勇者でない貴様と、魔王でない私の出会いだ……
………………という訳だ。つまりあの大地震は我々魔王国が起こしたものではなく、活火山の活性化によるものなのであるな。
…あまり居眠りが過ぎると、君も魔人に変えてしまうぞ。
どうして
どうして抵抗しないんだい?
私を受け入れれば、君は君が生涯愛した人間ではなくなるのだよ?
「人間……なんて……」
……今更なんだい?
君は大勢、殺しただろう?
だからこれは処刑なんだ。
君は惨めったらしくやめてくれと泣き喚かなければならないんだ。
……どうして笑う!?このっ!!、、、はぁ。
人間 勇者 我が弟。
人の身を捨て、心を捨て、誇りを捨てよ。
今より貴様は、我が命のもと従順たる操り人形と化す。
……でも。
人間の君にサヨナラを言う前に
私は君を 愛していたよ
やはり僕では、君に勝てないのか。
酷い土砂降りの中、僕はそう呟いた。離れてゆく君の姿は、水の壁に阻まれてもう見えない。
もう何時間もここにいるような気がする。膝を着いた足を鎖で繋がれて、動くことが出来ない。
思えば、最初から僕に勝ち目なんてなかった。ただ、君が少し残酷だっただけだ。勝ち目のない僕に、この小さな戦いから逃げることを許さなかった。
「お前が逃げないことを選んだんだ。誇りに思うといい、まだまだこれからも、私たちは共に歩む」
ふと顔を上げると、やはりいつものように君は不敵な笑みを貼り付けて僕を見下ろしている。
太陽が、湿気た空気を全て吹き飛ばした。
…勝ち目のない戦いを、僕はまた始める。
僕は笑って、君の手を取る。
空に虹などかかっていない。
もしかしたら、雨など降っていなかったのかもしれない。