#3 ハッピーエンド
ハッピーエンドというワードが、いつの頃からかずっと好きではない。好きではない、というよりは。引っかかっているような、違和感に似た感覚だ。
「ハッピーエンド」を「終わりよければすべて良し」のように捉えてしまうからだろうか。それは裏を返せば「報われなければ無意味」であり、「どんな過程を踏んでも結果を示さなければ虚無に終わる」のように捉えてしまうからだろうか。
そうしたら、転機転機で何の結果も残していない私は、バッドエンドの積み重ねの人生を歩んでいることになる。
恐らく私は、その延長線上に立ったまま動こうともせず、ハッピーエンドを迎えないだろう。でも、そんな最期を受け入れるつもりだ。
ハッピーエンドなどという――そしてバッドエンドなんてものも――そんな平凡で派手なものは、私には似合わないし、要らない。
#2 見つめられると(SS 約1,000文字:3分)
――今、わたしは何て言ってた?
向かいに座る彼女が突然そんなことを言い出したので、ぼくは反射のように「え?」と返した。
彼女は頓着していない爪を載せた、それでも形だけは綺麗な指先をくるりとやって、チャイのスパイスの香りを嗅いでいたはずだった。何も言っていない。
「何も言っていない」
「そう。ダメだね」
そのままを告げると、理不尽に一蹴された。
彼女はよくこうして、ぼくにとっては脈絡の無い、彼女自身にとっては筋の通っているらしい発言をする。正直、彼女は何を考えているのかよく分からないことが多い。
彼女は、丸い顔に相応しい丸い目をジッとこちらに向けると、
「“こいつ、何考えてんのか分かんねぇときあるよな”」
と言った。
ぼくはギクリとして、サッと目を逸らした。今のはもしかしなくても、ぼくの思ったことを代弁してみせたのだろう。なんで分かったんだ?
「さっきずっと、わたしのこと見つめてたじゃん。目がパチパチパチパチ何回も合うから、目が口ほどに物を言ってたか聞いてみたの」
やっぱり彼女、ちょっと変な子だ。
「なんだそりゃ。そうしたらぼくが悪いんじゃなくて、きみの目の物を言う力が無いんじゃないか?」
「隠し事が上手いんだよ」
「屁理屈だなあ」
「そしてあなたはダダ漏れ。目に気持ちが宿りすぎだよ」
ぼくは二度目の「なんだそりゃ」を口にして、コーヒーを飲んだ。ダダ漏れ、か。まあ、悪くないかもしれない。
ぼくは再び彼女を見つめた。視線に気づいた彼女と、当然のようにまた目が合った。ぼくはそのままジッと、強く見つめ続けた。
「恥ずかしいからやめてよ」
彼女はそう言って、先にさっさと目を逸らした。かわいいなと思う。
彼女が本当に隠し事が上手いのかは分からないけど、少なくとも、彼女の表情は口以上に物を言う。思わず笑みがこぼれて、目元が綻んだのを自覚した。たぶんまた、ダダ漏れている。
「見られるのは好きじゃないな」
彼女はそう続けて、耳に掛けた少し伸びた髪を赤らんだ頬に垂らした。もう熱くはないチャイにふうふうと息を吹きかけて、チラリとこちらを伺う。また、かわいいなと思う。
ぼくは考える。
目は口ほどに物を言うわけではない。だって何を考えているのか、その目を見ても分からないことは多々ある。
つまり、ぼくらは目に想いを宿すことができるだけなのだ。そしてそれは見つめられると漏れ出すのではなく、見つめることで、ビームにして心に届けることができるのだろう。
「そしてそれは、強く想う相手にしか有効ではない」
ぼくは口にした。彼女はカップを両手に抱えたまま首を傾げてから、遠慮なく言い放つ。
「こいつ、何考えてんのか分かんねぇときあるよな」
これは、お互い様のようだ。
#1 My Heart
自分の心は、自分でもなんだかコントロールが効かない。
心は気分屋で、今日生き生きとしていても、明日にはすべてが台無しになったような気持ちになったりする。
自分の心は、他人に簡単にコントロールされてしまう。
心は現金で、褒められたらうれしくて、無視されたらすべてを否定されたような気持ちになったりする。
心を軽くしすぎて見失わないように、心を重くして沈まないように、その時々の心の重さをしっかり受け止めて、その時々の心の重さに合った、心の持ちようをしていたい。