声が聞こえる
「貝殻に耳をあてると声が聞こえるんだって」
叔父に言われて法螺貝に耳を当てたことがある。
「どう? 聞こえる? なんて言ってる?」
せっつかれてもなんの声も、音すらも聞こえなかった私は大変困ったのをよく覚えている。
「おじさまは、聞こえるんですか?」
恐る恐る聞いてみると、にんまり笑われる。
騙されたのだ。
ぷんぷん怒った幼い私に、無花果を半分渡して機嫌を取ろうとした叔父はたいそう愉快そうだった。
あれから時は十年は過ぎた。
頂いた貝殻は時折磨くだけで耳にあてることはなかった。
このお題を見てふと思い出し、耳に当ててみると叔父の特徴的なくつくつという笑い声が聞こえた気がした。
秋恋
秋の恋は長続きするという。
私の散った恋は夏始まりだけど、1ヶ月考えてからお返事したのでほぼ秋からと言ってもいい。
大学の夏休みは長かったしね。
実際長く続いた。十年近く続いた気がする。
もういい歳だ、結婚も視野に入れて……なんて考えていたころに別れることになった。
私は依存傾向が強いのだとそれとなく示された。
疲れさせてしまったのかもしれない。
分かっていた。
でも、1ヶ月考えるそのときから私と交際するときの注意事項として「重たいよ」と伝えていた。
私はこの人しかいないと思い込むと、尽くし続けるタチなのだ。
今読んでいる社会心理の本にまんま書いてあった。
見捨てられ不安。
捨てられると後がないからしっかりねと、母に言いくるめられていたこともある。言い訳だ。
本当に、人生のすべてを彼に凭せかけていたようにべったりだつた。
友達より彼。ゲームするのも彼と同じもの。
頑張って、頑張って着いていこうと必死だった。
別れて思う。私には何も残っていなかった。
彼といなかった時間何をしていたのか、思い出せない。
彼といることこそが人生の意義だと信じていた。
今、改めて思うの。
「そりゃ捨てられるわよあんた」
大事にしたい
私は大事にされるのも、大事にするのも苦手だ。
愛しかたも、愛されかたもわからない。
鉛筆やノートのような次元であれば、丁寧に使って片付ければいいのかもしれない。
でも人間関係に不器用な私には無理だ。
「大事にしたい」というその心がしがらみとなり、停滞を生み出してしまう。
大事にされることも、私には束縛と変わらない。
怖い。怖い。
私を大事にしたいあなたは、見返りに何を求めているの?
大事にしたいと願わないで。
どうか、私を壊して。
時間よ止まれ
時間は止まらないのだと、誰もが知っている。
それでも時間は無情で、つい止まれと願う。
願ってしまう。止まらないと知っているのに。
仕事があとちょっと残っている。
この本を読んでしまいたい。
そろそろ出かける時間だ。
そんな葛藤と私たちは戦っている。
そして今日も。
そろそろ起きて庭木に水やりをしたいのにぼんやり眠気に襲われている。
時間よ、止まれ。
私の都合のいい時間まで、時を止めて。
夜景
最近、空を見ていない。
外は暑い。残暑厳しい夏、わざわざ空調の届かないところまで出て星や灯りを見ることに意義を感じない。
いや、違う。体調をまた崩して理想から遠退くのが嫌なのだ。本当は星が輝くところを見てみたい。
暑いからこそ街の灯りは煌々と照らされている。
早く元気になりたい。趣味の時間をとりたい。
今はまだ、夜景の一部としての私の部屋の照明は消灯したままで眠りにつくことを許してほしい。