なかまになれなくて
誰もいない教室
カーテンに染み込んだざわめきの余韻が
窓から入ってくるまだ少し冷たい風で揺れて
その度記憶を漂わせてくる
この場所で笑った
この場所で泣いた
はじめて足を踏み入れた時は
まっさらなノートに書く一文字目みたいに緊張した
真っ白なカーテンもあの頃はまだ無垢で空っぽで
差し込む春の日差しが無邪気にキラキラしていた
机に頬杖をついた君は癖のある髪を煌めかせながら
1番乗りかと意気揚々と足を踏み入れた私を見て
形のいい唇の左端を釣り上げた
『惜しかったね、1番乗りはもらっちゃった』
くしゃっと笑って、おいでと手招きした
君が窓から見ていたなんて事のない景色は
本当に美しかった
空がとっても青くて
鮮やかな緑と優しい桜の色に包まれた
それを見つめる君の目が
どうしようもないくらい甘かった
心が甘いものを食べすぎたみたいにきゅんとなった
あまり物を言う事が少ない君は
いつもその窓辺にいて、季節を甘く見つめていた
ちょうど反対側にいた私は
休み時間や放課後に君が窓辺に私を呼ぶ
少し低くて甘えたような
『おいで』
がどうしようもないくらい好きだった
一緒に夏をみた
一緒に秋をみた
一緒に冬をみた
そしてまた一緒に春をみた
変わらないものも変わっていくものも
いつだって全部美しかった
時を得て色褪せた記憶に
一層優しくなった色を重ねて
私は窓の外を見つめていた
静かな足音が聞こえた
好きな人の足音は本当にわかるんだと思った
私は振り向く いつかみたいに
『惜しかったね、今日は私が1番乗り。』
あなたは驚いて、それからくしゃっと笑った
『おいでよ』
やわらかく頷いてあなたが近づいてくる
春風にとけてしまいそうで
思わずあなたの手をつかんだ
不思議そうに私を見るあなたの目に
たくさんの宝物が溢れているような気がして
途端に心の奥の方から何か込み上げてきた
『どうした?』
心配そうにあなたの指が頬を撫でる
この窓を離れたら
あなたと同じ物を見ることがないような気がして
この教室をでたら
あなたともうずっと会えないような気がして
何もかもを今の此処に縛りつけてしまいたくなった
『桜…綺麗だったね。』
『うん。』
全部を引き留めるように記憶を撫でる
『雨粒…綺麗だったね…窓にポツポツって。』
『うん、そうだね。』
『蝉の声うるさいくらいだったよね。スイカの種…こっから捨てて、先生に怒られたよね。』
『あれは君が悪いよ。』
『雪も降ってたね、ここから覗いてると息、白くなって、冬だねって…。』
『うん、色んな物をみたね。』
ありきたりな言葉しか出てこない
あなたの相槌が優しい
『もうみれないかな。』
『見れるよ、窓なんて世界中いっぱいある。』
ちょっとおかしそうに甘く笑った
けど違う、あなたとじゃなきゃダメだった
頬を何か伝った、窓に薄く映るそれを見て
あなたは困ったように眉を下げた
それから、うつむく私に手を広げた
『おいで』
びっくりして顔を上げた
あなたは私が大好きな
甘ったるいくらいの優しい目に
いっぱいに私を映してた
伝えるのが大の苦手な私の言葉を
ちゃんと聞いていてくれた
その胸に飛び込んだ
なんの変哲もない
ただのひとこと
開けないまま未読マークのついた
ひとつのアカウント
トークの一覧のずっと下の方
だってもう1年も前だもの
いい加減に開いたっていいじゃない
けど、開けないんだもの
あなたがいた日々が
本当に過去になってしまう気がして
もう通知が来ないって
もう既読が付かないって
もう返事もないんだって
信じたくない
だからそのLINEが開けない
_開けないLINE_
不完全な僕
昔から嫌で嫌でたまらなかったから
不完全な僕から
不完全を取り除いた
不完全を取り除いた僕は
結局、本当に不完全だった
完全とはなんだろう
完全には不完全がないから結局不完全だ
不完全には不完全があるから結局完全で
じゃあどっちが完全で
じゃあこっちが不完全
いやあっちが完全で
こっちのが不完全で
あぁ、もう分からないや
完全出会って、不完全である
結局、僕は僕のままで良いのかもしれない
言葉はいらない
だから眼差しをください
海賊が埋めた宝石箱みたいに
様々な感情をいっぱいに
薄い瞳のガラス越しに
絡み合って
揺らいで
暗い夜にふたりぼっち
だから言葉はいらない
ただ…眼差しをください
_言葉はいらない、ただ..._