「きさらぎ駅」っていう異界駅が都市伝説として結構有名らしい。なんか知らない駅から必死こいて帰るみたいな…らしいけど。
「なんそれ?」
いや知らん。知ってる?
「いや知らん。いっぺんググるべ」
ヒットした〜?
「ちょい待ち…あ、出た。福岡県の遠いとこにあるらしいね。滅多に人行かんから…なんか初めて知ったし…」
めっちゃ有名。都市伝説の駅。行ってよ
「ヤダよ」
ごめんて。
「でもまぁ界隈では人気かもよ。…駅かぁ…あ、「山崎駅」て知ってる?」
待ってググる。…普通に出た。京都の駅だね。
「なんかかたす駅から行けるとかいう都市伝説の駅なんだって」
フーン…
「興味無いでしょ」
だって興味ないんやもん。
「示せや」
都市伝説か〜。洗面台で喋る方が都市伝説っぽくね?
「まぁでも、誰でも喋ってるかもよ?秘密にしてるだけで」
たしかに。何となく秘密にしてるもんね。てかドッペルゲンガーって会っただけでそのうち死ぬらしいじゃん。ウチら大丈夫なん?
「あー…まぁ同じ世界線では無いし大丈夫じゃね?」
ん。じゃあそろそろ学校行く時間だし切り上げっか。
「ん。またね」
ちーっす。やべ〜学校行きたくねー…前科者いるし…
「こっちにも居る。アイツまた傘振り回すんかな…今日雨だし」
ヤダなー…
「ねーっ、この服どお」
「どおって言われても…」
「似合うって言ってよ、父親でしょ」
「そうだけど…気になるなら買ったら?」
「お金勿体ないから」
買うのは自分なのに、頬を膨らませてあれも違うこれも違うと試行錯誤している。結局、悩みに悩み、買ったのは灰色のアイシャドウだった。
「これね、グレーシャドウって言って、黒髪に合うんだって」
「そうなん?変じゃない?」
「変じゃない!もう帰る」
「なんか食べていかへんの?」
「太るし、いい」
「たまには食べたら?」
「じゃあ食べる!でもいいの?パパ中年だから、太ったら痩せにくいんでしょ」
痛い所をつかれた。フライドポテトを注文して、届くのをじっと待つ。他人となら気まずい無言も親子ならそうでも無いのはなんでだろうか。
「パパはさ、ママと離婚して正解だよ」
「うん」
この言葉に、どうしていいかいつも詰まってしまう。どう返すのが正解なんだろうか。
注文していたポテトが届いた。
「えっ」
「何?」
「雪降ってる」
「まぁもう12月やから」
「新年近いと色々めんどい、パパは大掃除とか衣替えとかするん?」
「仕事忙しいしそんなんはあんまりしーひん」
「パパの住所特定出来たら掃除くらいならすんねんけど」
衣替えは流石にしないらしい。まぁ、父親の下着をうっかり見るようなことがあったら娘にとっても自分にとってもなんとなしに嫌だ。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「うん。お誕生日おめでとう、あと、メリークリスマス」
「メッセージ送ってくれてたやん」
「リアルで言うのとメッセージは別」
まぁ、そうなのかな?と内心首を傾げた。
「じゃ、またね」
「ばいばい」
「なぁ、最近お前、声が枯れてるんじゃないか?」
妬ましい彼奴から声を掛けられた。たしかに最近の俺は声が枯れている。何故なら、あの人を思って泣きすぎたからだ。よなよなあの人を考えている。
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃねぇよ。ほら、のど飴でも買ってこいよ」
「えー…面倒くさいな…」
一瞬沈黙が落ちる。
「あの人は元気か?」
「おう、相変わらずの愛を与えてくださる」
「そういえば、……。」
「なんだ?」
「俺、出張なんだ」
その言葉に興奮しない訳にはいかなかった。後の言葉には、理想の、夢のような言葉が続いた。
「あの人に会いたいか」
「お前が言うなら」
トントン拍子にことは進み、俺はあの人におめ通が叶うことになった。
「久しぶりですね」
「会いたかった。会いたかった、ずっと…」
返事を聞く暇もなく、あの人にぐりぐりと甘え、膝枕をしていただいた。
「ふふ、子供みたい」
「君の前なら誰だってそうなるに違いないよ」
「そうなのね」
「あー…君を感じる…愛しい人…俺を考えていてくれたよな。俺の事を全て、俺の事を考えて…愛して…気持ち悪い彼奴にキスをせがまれて可哀想に…」
「心配してくれて嬉しい」
「ずっと君を考えて、涙を流したんだ」
「そうなの?」
「君を攫う妄想もした」
ふふ、と相変わらず微笑むあの人は女神だ。彼奴への愛は嘘っぱちで、俺だけを愛している。あの人の彼奴への言葉は、その実俺に向けられている。
「はは」
「ん?」
頭を撫でるあの人。なんて愛しい…
「哀れな彼奴だ。君の愛は全て俺に向けられているというのに、君の口から出る嘘の愛に踊らされて、全く馬鹿な男だ」
「ふふ」
あの人は俺の頬を撫でて、そして、唇を優しく撫でている。綺麗な手が、俺の唇を…
「キスをしてもいいか」
「勿論」
ふ、と優しく唇が触れた。そして俺は天に昇る気持ちになった。あの人はふんわりと、熱を帯びた目で俺を見つめている。
「私のこと、攫ってみますか?」
「いいのか…」
「えぇ、勿論」
刹那、俺は刺された。疑問が浮かんだ。そして酷く裏切られた気分になった。
「私の愛を嘘っぱちだと言ったわ」
………。
「私の友達を埋めたわ、この包丁で」
………。
「愛してる、君を何より…」
………。
「私の愛を嘘っぱちだと言ったわ」
俺はもうすぐ事切れるのか。
………。
愛しいあの人の手で…なんて美しい…
最近、鬱陶しいことがある。
「よ!元気か?あの人も」
「まぁ、な」
「最近は季節の変わり目だから、心配でさ。なんかか弱そうだろ」
「そう弱い人じゃない」
会いたい。あの人に会いたいんだ。
昨日会ったばかりだ、昨日会ったばかりなんだ…
「会いたい…」
今朝から、いや、違う、会いたい。あの人に。昨日家に帰った時、彼奴の家の玄関の扉から離れて、現実世界に戻った時から。昨日の俺は涙が止まらなかった。
「う…うぅ…」
今朝、ようやく涙が乾いて、彼奴の顔を見る。愛されて喜びを感じている目だ。あの人に…愛を感じている。あの…あの人から愛を貰ったんだな。寝る前も寝る時も起きた時も…
自分の中の醜い感情がドロドロと彼奴を包み込んでいる。くそ、憎たらしいな。
「おはよう」
「おはよう!」
クソ、クソ、クソ!
「頼んどいたからな、今晩にはお前の家にいる」
すっと心の中の醜い感情が消えるのを感じた。あの人が居るのか?あの人が?喜びを胸に何とか抑え込む。しかし、我慢は難しいらしい。あの人の事を考えると欲という欲が抑えられない。
男子トイレにて、多目的トイレに向かった。
「あは、は…」
うぁ、あ…
あの人の優しい愛に包まれたら、どこまで幸せなんだろう。計り知れたところでは無いんだが…汚い喘ぎもあの方なら許してくれるんだ。俺はそれを知っているから。
俺は知っている。分かる。
「綺麗な人…美しい人…」
まだ治まらない。
大急ぎで家に帰り、そこに居たのは知らない者だった。憤慨し、その女を追い出すことにしたが、その女はまぁ美しかった。
「おかえりなさい」
その呟きに全て攫われてしまった。怒りも何もかもが消えてしまった。あぁ、許そう。ただいま。
「遅かったですね」
「ああ」
「会いたかったです」
ぎゅっと抱き締めてくる女に驚いた。この女は美しいから態々俺を選ぶ理由がない気がする。声も何もかもが美しい。
「俺も」
嬉しい、と微笑む女をキツく抱き締めて、尚且つキスもした。女は微笑んで受け入れ、離すまいと俺を抱き締めている。こちらも離すまいと抱き締めている。
ああ、愛を感じる。
ふふ、と微笑む女を膝に座らせ、此方に向かっている。胸に顔を埋めても、女は文句ひとつ言わず、寧ろ優しく抱き締めてきた。再びキスをして、何度もこれを繰り返した。当然、気分が高揚してくる。
柔らかな胸も、綺麗な唇も、一生お目にかかることも、触れることさえ叶わないだろう。
しかし、これは俺の望むものでは無い。
俺は立ち上がり、台所へ立った。
女を刺した。
まだ温かい女は何故だと問うている。
「お前は違う」
もう一度刺した。
彼奴は俺に、適当なものを押し付けてきた。俺はあの人以外許さない。
「待っています」
「百年経つまでに…帰って来てください」
「百合の花を愛でてください」
俺はその女を裏庭に埋め、愛しいあの人を想った。