心の傷が増える度に身体の傷も増えていく。
どうして長袖なの?
暑くないの?
聞かれる度に誤魔化した。
気にしなくていいのにと言う人もいた。こんなにいっぱい傷付けて可哀想と言う人もいた。興味本位で見たいと言って、ファッションでする人もいた。
こんなの、煙草やお酒と同じで一瞬落ち着くだけだよ。
私もきっと、ファッションでしてたんだ。
しっくりきたのは無意識のうちにもやもやを感じていたから。
傷付けなければできたこと、沢山ある。
バカだったなって、後悔してる。
それでも傷は消えないんだから、せめて隠すのが人としての道理でしょ。
わたしは一生隠していくわ。
過去は全部トイレに流してぽいよ。
#13 バカみたい
「星が綺麗だよ」
そう言いながら手を繋いでくれたお兄ちゃん。
あの日たしかに私はお兄ちゃんと二人きりの世界にいた。
「お兄ちゃん、あのね」
言えずに飲み込んだ言葉。伝えたかった私のきもち。
あの時の私はまだ小学生で、高校生になった今伝えることは難しかった。
どうしてあの時言わなかったんだろう。後悔ばかりが押し寄せてくる。
「お兄ちゃん、あのね」
私はもう、無知ではないの。だからこのきもちが実ることはない。
わかってる、わかってるよ。
だけどどうしたって消えてくれないんだ。
私はまた言葉を飲み込んだ。
#12 二人ぼっち
胸の辺りが騒がしい。私、緊張してるのかな。
先輩の普段とは違う姿に視線が釘付けになる。私服だとそういう雰囲気になるんだ。
男女六人で集まってのお花見。天気は晴れ。風も穏やか。絶好の……デート日和。
ふいに髪が揺れると、隣に先輩がいて。
「髪、結んだんだ」
もしかして今、髪を触られたのだろうか。突然のスキンシップに動揺が隠せない。
「あ、は、はい」
「かわいい」
だ、だめですよ先輩。そんなふうに言われたら、誰だって勘違いしちゃいます。
先輩と話したのはそれだけで、お花見は順調に楽しむことができた。
すっかり油断した私は、夜道を一人で歩いてしまう。
背後から忍び寄る影。ふいに肩を掴まれた。
「きみ……かわいいね」
「え、だ、誰?」
ナンパだろうか。私は逃げるようにしてその場から離れた。尾行されてたら困るので、喫茶店で時間を潰す。
ここまでくれば人がいるから大丈夫。
窓の外を見ながらカフェオレを飲んでいると、誰かが隣に座ったような気がした。
「何飲んでるの?」
「……っ」
あの男だ。こんなところまで追ってきたんだ。逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
だけど男が邪魔で逃げられない。
年は大学生くらいだろうか。目元は前髪で隠れているからわかりにくいけど、細身でスタイルがいいのがわかる。
冷静に相手を観察していると、私の太腿に手が触れた。
まずい。スカートでくるんじゃなかった。
「ど、退いてください!」
「僕も同じの飲みたいな。ねえ、口移しさせてよ」
「や、やだ……触らないで」
「はは、かわい」
太腿に触れた手がスカートの中へと忍び寄る。もう片方の手で私の頬に触れると、そのまま唇が近付いてきて。
「やっ……」
「お客様困りますよお客様ねえお客様。お客様がいやがっているのがわかりませんかお客様」
男が悲鳴を上げる。よく見れば男の太腿が踏まれていて、踏んでいる足の先には見知った顔がいた。
「せ、先輩!」
どうして先輩がこんなところにいるんだろう。
呆然としていると、先輩に手を引っ張られて外に出た。
「先輩……どうして」
「こんな暗い中一人で帰るとか危ないでしょ」
「は、はい」
「送るよって言えれば良かったんだけど、あいつらに捕まっててさ。急いで追いかけてきたらナンパされてるし、助けようと思ったら走って逃げるんだもん。まじ見失うかと思った」
「ご、ごめんなさい」
先輩が私の頬に触れる。ひんやりとした冷たい手。先輩の手はいやじゃない。
それにまただ、この感じ。胸の辺りが騒がしい。私、緊張してるのかな。自分じゃよくわからないや。
先輩、今、何を考えていますか。私はね、先輩。
ほんの少しだけ背伸びをする。目を閉じると柔らかい感触がぶつかって、自分の大胆さに驚いた。
目を開けると先輩が私を見てる。
「なんでチューしてんの」
「あ、あわ、ご、ごめんなさい」
お口拭きますね、と慌てて鞄からハンカチを取りだすと、先輩がその手を掴む。
「拭かなくていいからもういっかいして」
先輩、狡いです。そんなふうに言われたら断れないじゃないですか。
#11 胸が高鳴る
転んだって泣かないよ、ぶつけたって泣かないよ。
誰かにいやなこと言われたって泣かないし、無視されたって泣かないよ。
泣かないことは強いこと。
泣くなんて恥ずかしい。
そういうふうに躾られた。
だから私は泣かないの。
転んだって泣かない、ぶつけたって泣かない。
誰かにいやなこと言われたって泣かない、無視されたって泣かない。
それなら私はいつ泣けばいいんだろう。
好きな人に振り向いてもらえない時は泣いていいのかな。
大切な人と離れてしまう時は泣いていいのかな。
どうしよう、わかんないな。
私はどうすればいいんだろう。
ねえお母さん、私はいつ泣けばいいんだっけ。
#10 泣かないよ
同じソファに座りながらテレビを見ていると、虫だったりホラーだったりが流れる時がある。
すると、「やだこわいー」と言いながら俺の背後に隠れるから、「大丈夫、怖くないよ」と優しく抱き締めるんだ。
怖がりな彼女、涙脆い彼女。
どんな彼女も皆好きで、手放す気なんか起きないよ。
俺の彼女は世界一かわいい。
だからこうして手を繋ぐ。彼女がひとりで泣かないように。
#9 怖がり