胸の辺りが騒がしい。私、緊張してるのかな。
先輩の普段とは違う姿に視線が釘付けになる。私服だとそういう雰囲気になるんだ。
男女六人で集まってのお花見。天気は晴れ。風も穏やか。絶好の……デート日和。
ふいに髪が揺れると、隣に先輩がいて。
「髪、結んだんだ」
もしかして今、髪を触られたのだろうか。突然のスキンシップに動揺が隠せない。
「あ、は、はい」
「かわいい」
だ、だめですよ先輩。そんなふうに言われたら、誰だって勘違いしちゃいます。
先輩と話したのはそれだけで、お花見は順調に楽しむことができた。
すっかり油断した私は、夜道を一人で歩いてしまう。
背後から忍び寄る影。ふいに肩を掴まれた。
「きみ……かわいいね」
「え、だ、誰?」
ナンパだろうか。私は逃げるようにしてその場から離れた。尾行されてたら困るので、喫茶店で時間を潰す。
ここまでくれば人がいるから大丈夫。
窓の外を見ながらカフェオレを飲んでいると、誰かが隣に座ったような気がした。
「何飲んでるの?」
「……っ」
あの男だ。こんなところまで追ってきたんだ。逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
だけど男が邪魔で逃げられない。
年は大学生くらいだろうか。目元は前髪で隠れているからわかりにくいけど、細身でスタイルがいいのがわかる。
冷静に相手を観察していると、私の太腿に手が触れた。
まずい。スカートでくるんじゃなかった。
「ど、退いてください!」
「僕も同じの飲みたいな。ねえ、口移しさせてよ」
「や、やだ……触らないで」
「はは、かわい」
太腿に触れた手がスカートの中へと忍び寄る。もう片方の手で私の頬に触れると、そのまま唇が近付いてきて。
「やっ……」
「お客様困りますよお客様ねえお客様。お客様がいやがっているのがわかりませんかお客様」
男が悲鳴を上げる。よく見れば男の太腿が踏まれていて、踏んでいる足の先には見知った顔がいた。
「せ、先輩!」
どうして先輩がこんなところにいるんだろう。
呆然としていると、先輩に手を引っ張られて外に出た。
「先輩……どうして」
「こんな暗い中一人で帰るとか危ないでしょ」
「は、はい」
「送るよって言えれば良かったんだけど、あいつらに捕まっててさ。急いで追いかけてきたらナンパされてるし、助けようと思ったら走って逃げるんだもん。まじ見失うかと思った」
「ご、ごめんなさい」
先輩が私の頬に触れる。ひんやりとした冷たい手。先輩の手はいやじゃない。
それにまただ、この感じ。胸の辺りが騒がしい。私、緊張してるのかな。自分じゃよくわからないや。
先輩、今、何を考えていますか。私はね、先輩。
ほんの少しだけ背伸びをする。目を閉じると柔らかい感触がぶつかって、自分の大胆さに驚いた。
目を開けると先輩が私を見てる。
「なんでチューしてんの」
「あ、あわ、ご、ごめんなさい」
お口拭きますね、と慌てて鞄からハンカチを取りだすと、先輩がその手を掴む。
「拭かなくていいからもういっかいして」
先輩、狡いです。そんなふうに言われたら断れないじゃないですか。
#11 胸が高鳴る
3/20/2023, 4:31:38 AM