貴方のことをもっと知りたい。
そう感じるようになったのは、貴方が私に触れたから。
「髪、切ったんだ。かわいい」
話したこともないくせに軽率に髪に触れるその神経。
正直吐き気がしたわ。
だけどおかしいの。もっと触れてほしいと思ったの。
やだな、私。欲求不満なのかしら。
あの日から私はずっと、下心で貴方を見てる。
ねえ、その気にさせたんだからこっち向きなさいよ。
貴方の気まぐれに振り回されてるの、責任とってほしい。
#6 もっと知りたい
「この人を知っていますか」
一枚の写真を見せたられた私は、知っていますと頷いた。
「この人と最後に会ったのはいつですか」
昨日も会いましたけど。この人がどうかしたんですか。
「この場所は知っていますか」
この海、昨日も行きました。屋台が沢山並んでいて、焼きそばを食べました。
「海に行った帰りのことは覚えていますか」
帰り……ですか。帰りは手を繋いで帰って、いつも通り何事もなく。
「その時、彼は携帯を気にしていませんでしたか」
携帯は気にしてたかもしれません。顔色が一瞬変わったような……でも、普通でしたよ。また連絡するって言ってました。
「連絡はきましたか」
きて……あれ?
「連絡はきましたか」
……わかりません。きてないのかもしれません。私が覚えていないのかも。あれ、どうだったかな。どうして覚えてないんだろう。ちょっと待ってくださいね。いま確認しますから。
「連絡はきましたか」
きてないです。で、でも昨日の今日だし、夜になればくるのかも。もう少し待ってみましょう。きっと他愛もない会話をしてくるはずです。
「最後に連絡がきたのはいつですか」
え……だから、昨日ですよ。昨日会ったんですから。
「今日は何月何日ですか」
三月十日でしょ。わかってますよ、ほら。
「いまは令和何年ですか」
令和……?
「いまは平成じゃ、ありませんよ」
平成じゃ……ない……?
「いいですか、貴女は十年も前のことを昨日のことだと思ってるんです。あの日彼と海に行った貴女は、あれから一度も彼と会っていない。音信不通になったんですよ」
音信不通……なぜ……。
「貴女は彼に捨てられたんですよ」
やだなぁ、違いますよ。違う、違う、違う、違う。そんなわけないじゃないですか。どうして私が捨てられるんですか。捨てられませんよあの人は。私を捨てない、絶対捨てない、捨てるわけない。だってあの人、私のことが好きでしょう?
「身内に不幸があったんでしょうね。父親を亡くし、彼は貴女を捨てて母親を選んだ」
そんなこと知りません。
「いいえ、貴女は知っています。連絡がこなくなって不安になった貴女が彼の家を訪ねるとそこにはもう誰もいなかった。その足で知人からすべてを聞いた貴女はその真実を受け入れられずにいまも」
いいえ、いいえ、いいえ。
「いい加減、過去のことは忘れて現実を見てください」
過去だなんて言わないで。私はいつだって現実を見ているの。
「あの頃の彼はもういないのです」
#5 過ぎ去った日々
「大切なものはなんですか?」
「愛だよ愛」
「うわー」
付き合いたての頃はなんだか恥ずかしくて、きゃーきゃー騒いで誤魔化してた。
月日を共に過ごしていくうちに、一緒にいることが当たり前になって。
今日、なんとなく昔した質問をしてみた。
「大切なものはなんですか?」
「愛だよ愛」
「うわー」
また同じこと言ってる。
変わったのは、あの頃よりもほんの少し大人になった私が、言葉は同じでもそこに秘められた感情は違ったもので。
恥ずかしさと、変わらないことへの嬉しさが入り交じったような甘いきもち。
「私もね、愛だよ愛」
#4 お金より大事なもの
確かめ合うように頬に触れる。
温かい体温。胸元に耳を当てれば生きている音がする。
「いつまでも傍にいるからね」
「喧嘩しても仲直りだよ」
そんなもの、互いの信頼関係がなければ成り立たないの、知ってるくせに。
今こうして隣にいないのは、私達の絆が足りなかった結果だね。
#3 絆
花は好きじゃないと言っていた。僕だって、好きな人に花をプレゼント……なんて柄じゃない。
ただ、これは一生のことだから。
きみに振り向いてほしくてやったこと。
「僕と付き合ってください!」
ピンク色の花束を前に、困惑するきみ。
「え……これ、私に?」
「似合わないことしてるってわかってる。でも、どうしてもきみにあげたくて」
きみの時間を僕にください。
「……花は好きじゃないって言ったのに」
そう告げるきみの表情は、完全に緩みきっていた。
僕の好きな表情だ。
#2 大好きな君に