◎春爛漫
#57
春爛漫の山々に、
一帯の主たる鷹の高く鳴く声が木霊した。
穴ぐらから頭を覗かせた兎は勢いよく駆けだし、揺られた若草は山肌から湧き出る龍の気を受けて喜びに震える。
熊の親子はふかふかの土を掘り返してタケノコに齧り付き、蝶はその鼻先を舞った。
暖かな日差しを浴びて木々は伸び、
命が地表に溢れかえる。
さぁ、生きよう。
◎bye bye...
#56
『ばいばい、また明日』
いつも言えない言葉。
壁越しに、窓越しに、
貴方がよそ見した瞬間に言ってる。
誰にも気付かれていない私の習慣。
誰にも伝わらない気持ち。
誰も気付かないで。
誰にも伝わらないで。
私の願いは
校舎だけが聞いている。
◎手を繋いで
#55
伸びてくる手を払い除ける。
腕を、足を、首を、
握ろうとしてくる沢山の手を振り払って
がむしゃらに走った。
『■■■■■■、■■■■■』
聞こえないふりをする。
耳を傾けてはいけない。
意味ある言葉だと認識してしまえば
逃れられない。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃
『手を繋いでよ、お兄ちゃん』
人の形になれなかった
"きょうだい"たちが手を掴む。
も う 逃 げ ら れ な い 。
◎どこ?
#54
人々は探す。
宝の在り処を。誇りの価値を。
想いの名残を。誰かの記憶を。
時には迷いながら、
果てなき問いの答えを探す。
探し求める答えがある場所の名前すら
知らずに。
何のために探しているかも忘れて。
水底の闇を這いずり回るのだ。
無知のまま、盲目的に。
終わらぬ輪廻に囚われている。
◎叶わぬ夢
#53
「宝石様は夢はお持ちですか」
そう話しかけると彼女はうっとりとした表情になって、机の天板をするりと撫でた。
質素な部屋の中央で向き合っているだけでも息が詰まるような美を宿す少女の、その宝石の瞳は国王の所有物だ。
「海に、行きたいの……」
故に、その夢は叶うことはない。
先代の王ならまだ可能性はあっただろうが、今では我欲の強いかつての第二王子が国の権利者なのだ。
少女を憐れに思っても、一介のお世話係には為す術はない。
「宝石様。それは──」
「えぇ、わかっているわ」
そう言って微笑む宝石はきらきらと輝いている。
「でもね」
宝石は耳元に顔を寄せた。
「体は何処へも行けなくても、心はずっと別の場所にあるの。海と、貴女のもとに」
耳を赤くしてはにかむ彼女は
年頃のただの人間だった。